寒い。寒い。
合わせた手のひらに息を吐き出して、白く濁る周りに目を細める。
耳がぴりぴり痛む、きんとした冬の空気は、屋外だろうが屋内だろうがお構いなしにするする流れ込んでくる。
それは、広すぎて暖房の意味がない体育館なら尚更だ。
三学期前半の持久走を終えた今、体育は屋内球技をカリキュラムに組んでいる。
広いコートを半分に区切って男子はバスケ、女子はバレー。
何でもいい、早く教室に帰りたい。

「おら」
「ひゃっ」
「芋虫かよてめぇは」

後ろの頭上から、ジャージの襟口にするりと忍び込んだ手のひらが首を撫でていって思わず声を上げた。
しかしその手はそこまで冷たくなくて、ちょっかい出してきた青峰もそれが不服だったようだ。
指の先まで袖口で隠し、首を襟に埋めながら背中を丸める。
確かに今の自分はもこもこと丸いかもしれない。

「寒いよ」
「動かねーからだろ」
「…青峰、ちょっと回って」
「あ?」
「こう、くるっと。さん、はい」
「俺は犬じゃねえ」

指で円を描きつつ半回転するように促すのだが、ポケットに手を突っ込んだまま青峰は一向に動かなかった。
彼はジャージの前を開けていて、そこから覗くシャツと褐色の肌に目を眇める。
よく平気だなぁ。
男の人の方が体温高いって本当なんだな。
やっぱり青峰は動かないので、私の方から彼の背後に回った。
広く果てのない背中にぴったりとくっつく。

「あー、それ鬱陶しいわマジで」
「私はあったかいわー」
「人の背中まさぐんなよ」
「そんな卑猥なことしてないよ。それより準備体操の間こうしてていい?」
「普通に怒られるだろ」

青峰はその場に突っ立ったままなので、遠慮なく身を寄せた。
調子に乗って頭をぐりぐりと背中に押しつけた途端、頭をはたかれた。
くすぐったかったんだと思う、多分。
振り返った彼の視線がじとりと落ちてくる。

「つーか、そろそろ脱ぐぞ。授業始まる」
「やだだめ」
「ガキか。まどろっこしくてジャージ着たまま運動なんてできっかよ」
「私から温もりを取らないで」
「うっせ」

青峰が襟に手をかけて脱ごうとするのに対抗してその裾を力の限り押さえつけた。
全体重を掛けないと腕ごと持っていかれそうだ。
青峰の手と私の手の間で、布がみちりと悲鳴を上げた。

「おい破れる」
「その手を離せば万事解決」
「こっちの台詞だっつの」

しばらくそうして騒がしく引っ張り合いを続けた。
けれど青峰は本気ではないだろう。
自分より大分背の小さな私から力勝負で物を奪うなんて簡単なはずだから。
不意に彼が手を離したので、ジャージの裾を思いっきり引っ張る形になった。
うわ、伸びちゃった。
今更ながら多少の罪悪感が込み上げた私をさして気にする様子もなく、青峰はくるり振り向いた。

「思いついた」
「何を」
「いいからそこ動くなよ」
「うん?」

言うなり、青峰は手早くジャージを脱いだ。
そのまま大人しく立っていた私へそれをすっぽりとかぶせて着せる。
すごく手際が良かった。
反論する間もなく着せられちゃったもの。
着膨れが二倍くらいにはなったけれど、今まで感じていた寒気は吹き飛んだ。

「それでいーだろ」
「うん、ぬくい」
「匂い嗅ぐなよ」
「嗅いでないよ」

とはいえ、ぶかぶかのそのサイズに鼻先を埋めれば必然とそういう形になる。
ほのかに洗剤の香りがした。
青峰は体育なんてほとんど出ないからだろう。
いよいよ運動をする気があるのかないのか定かでない格好の私に対して、青峰はじっと視線を向けてきた。

「なに?」
「これ」

彼が指差したのはジャージの胸元にある刺繍だった。
今は私の名字ではなく青峰、と字が並んでいる。
こうして明朝体の刺繍で見ると迫力のある二文字だ。
名字までかっこよくて羨ましいね。
つ、と指を滑らせた青峰が笑うでもなく呟いた。

「青峰名前」
「……ん?」
「返事しろよ」
「はーい」
「もう一回」

やり直し、と言われて真正面の青峰と向き合う。
まるで点呼だ。
気の抜けた会話から一転、なんだか、わけもなく緊張した。

「青峰名前」
「…はい」
「ん」

わしゃわしゃと頭を撫でられて、その合間に見上げると思った以上に機嫌の良さそうな笑顔があった。
このまま着ていたら友達や先生にも同じことを言われるような気がしてきた。
…何だこれ。

「暑くなってきたから脱いでいい?」
「だめ」


くるんであたためて



20111008
くそう、かっこよく笑いやがって!
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