「花宮がお前のこと好きだって」

椅子をこちらに向けて座った原が、指を曲げて右手の爪を気にしながら言った。女子か。
休み時間にちょうど授業の復習に勤しんでいるところだった。
こうでもしないと、この進学校のレベルについて行けないのが現状である。
前の席の金髪ガム男ほど、私は成績が良くなかった。

「へー」
「反応薄いねお前」
「だって嘘でしょ」
「あ、わかる?」

わかるも何も。
あの花宮がそんなことを思うわけがないし、たとえ彼に好きな人ができても原を含めバスケ部のメンバーにそれを話すはずがない。
もっとマシな嘘をつけばいいのに。

「なんでそんな嘘言うの」
「んー。ムカつくんだよあのクソ女滅びろとは言ってたんだよな」
「バレたからってそんな本音は伝えなくていいよ…」
「そう?」

不思議そうにされても困る。
原は私をいじめたいんだろうか。
私と花宮が仲悪く言い合うのをいつも楽しそうに眺めている彼のことなので、その可能性も否定できない。
人をからかうのが好きな奴なのである。

「もひとつ聞いてほしいことあるんだけど」
「なーに。いま私は復習の最中で」
「オレがお前のこと好きって言ったらどうする?」
「忙しい…え?は?」

思わず聞き返してしまった。つられてノートから顔を上げる。
頬杖をついた原は何でもないようにこちらを向いていて、どちらかといえば退屈そうに見えた。
とても本気で物を言っているようには思えない。
困惑した私はふらふらと辺りを見渡した。

「ええー…?」
「なによそ見してんの。ドッキリじゃねえよ」
「…罰ゲームとか?」
「こんなこと罰ゲームにしないから」
「じゃあ花宮の命令?」
「なんで花宮が出てくるんだよ。第一アイツに従う義理がないじゃん」
「まさかの古橋が脅し…?」
「お前の古橋のイメージってどんなだよ。弱味でも握られてんの?」

淡々と否定する原に、疑問が深まる。
世間話でもするように告白をしてきた真意が掴めず、血迷った私は机に身を乗り出して手を伸ばした。

「ちょっと失礼」
「…なに」

原の前髪をそっとかき上げた。
普段ほとんど目にしない瞳がふたつ、腰を浮かせた私をじっと見上げてくる。
自分からしたことなのに、こちらが責められているような気分になる。
原の瞳は、なかなかの破壊力だった。

「これが嘘をついてる目に見えんの?」
「いや、いつもは見えないからよく分かんない」
「じゃあなんでこんなことしてんだよ。離せって」

前髪を持ち上げていた手を振り払われて、私は驚きのあまり元のように座った。
前髪をぐしゃぐしゃと指先で無造作に下ろす原はいつもより余裕がない。

「は、原が照れてる…!」
「うるせーよバカ」
「だって、珍しい」
「言ったじゃん。お前のこと好きだって」
「…本気?」
「本気。信じろよ」

再び周りを見渡してしまう。
ドッキリかどうかではなく、バスケ部の人やクラスメイトの目が気になってしまったから。
机に置いていた手のひらに温かいものが乗ったかと思うと、ぎゅっと手を引かれた。
さまよう視線を真正面に合わせると、少し機嫌が悪そうな原がいた。

「よそ見」
「ご、ごめん」
「お前の手ちいさいね」
「…あのさ、なんで今のタイミングだったのかな」
「言いたかったから。悪い?」

瞳は前髪で隠れているというのに、こうもじりじりと視線を強く感じるのはどうしてだろう。
気恥ずかしさから目を逸らしたくなるのを必死に堪える。
手首を握り直されて、持っていたペンが机上を転がった。

「それじゃあ、オレも聞くけど。花宮の話みたく、嘘だと決めつけて軽く流さなかったのはなんで?」
「原と花宮じゃ、話が違うじゃん…」
「どこが違うか、言ってみ。オレはそれが聞きたいんだよね」

真剣に言っているところが、本当にたちが悪い。
これなら、いつものような意地悪の方がずっとマシだ。
悩みに悩んで、私は情けない声でようやく返した。

「わ、わかりません…」
「それでオレが納得するとでも?」

原が意地悪く詰め寄ってくる。
今まで友人と思っていた相手の豹変っぷりに私の中で何かが切れた。

「なんなの、もう!急だよ!そういうの良くない!いきなり迫ってくるの反則!」
「は、照れてる」
「だから、そういうのが…っ」
「友達に戻りたい?」
「え」

私の頭に冷水を浴びせるように、原の一言が重く響いた。
どうしてだろう。
心地良い関係に安堵するより、その提案を惜しいと思ってしまったのは。
私の表情からだいたいを察したらしい原は、軽くため息を吐くとにんまり笑った。

「オレはお前を友達だなんて一度も思ったことないけどね」

それがどういう意味なのか。
軽く引っ張られた指先に当てられた彼の熱い唇が物語っていた。

20130527
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