クラスメイトの福井と話をしていたら、教室の入口あたりがざわついているのに気付いた。
視線を向けると同時に後ろの福井が、「おー来た来た」と楽しそうに声を上げる。
入口をくぐるようにして教室に入ってきた子は確か福井の後輩、一年生の紫原くんだ。
わざわざ頭を下げるように扉を通らなくてはいけない、そんな生徒はバスケ部に数人いるけれど彼はまた一段と長い手足のおかげで目を引く容姿だと思う。
見た目に反して草食動物のような無害感を身にまとって、のそのそと寄ってきた彼は首を傾げた。

「ふくしゅしょー、何か用?」
「おせーよアツシ。用ってか、メールで今月のメニュー表取りに来いっつったろ」
「え?知らない〜、オレはただ、廊下で会った室ちんが福井先輩のところに行けって言うから仕方なく〜」
「氷室のおかげかよ!ったく、しゃーねぇなぁ」

背が低い方の先輩が2メートル超えの後輩を叱っている、という図が少し面白い。
持っていたお菓子をサクサクとかじりながら彼らのやり取りを眺めていると、押しつけられたプリントを手に紫原くんが私の方を見て、それから机に目を落とした。

「おかし……」
「おいこらアツシ、人の話聞いてんのかよ!」
「そんなこと言って、福ちんだって食べてるじゃん。気になる」
「オレはこいつからもらったからいいんだよ」

そう言って指差してくる福井の仕草に、いよいよ紫原くんの視線が私に集中した。
子どもみたいな目だなぁ、と思いながら鞄に残っていた分も机の上に出す。

「よかったらどうぞー」
「お。優しい先輩で良かったなー、アツシ」
「…チョコレートラスク?」
「うん。親がもらってきた物なんだけど、びっくりするほど美味しかったからみんなにお裾分けしようと持ってきたの」

だから遠慮しなくていいよ、と続けたのだけれど。
紫原くんは何かを考えるように私とラスクを交互に見やっている。
彼がお菓子好きという話は福井から聞いていたので、その思いとどまるような様子に少し違和感を覚えた。
すぐに手を出さない紫原くんに、福井も珍しい物を見るような目つきをしている。

「そんなにおいしかったの?」
「え、うん」
「おいしい物は普通さー、ひとりじめしたいって思わない?」
「…うーん」

なんというか、とても素直な性格だ。
初めて話す私を相手にしても、当たり前のように質問を投げかけてくる。
「誰もがお前みたいに意地汚いわけじゃねーんだよ」という福井のツッコミは置いといて。

「私は、おいしいものを食べたら人に教えたくなるよ」
「なんで?」
「その人にもおいしいって言ってもらえたら、気持ちが共有できて嬉しくなるじゃない」
「へー」
「分け合う心が大事だよ。はい、あげる」

不可解そうにしていた紫原くんにお菓子の包みをいくつか渡すと、ぱあっと表情を明るくさせた。
「ありがと〜」と、礼を言ってふにゃふにゃと笑う姿は幼くて、彼が少し前までは中学生だったという事実を思い起こさせる。
隣では福井が親のように彼を眺めていたのが印象的だった。
その出来事から、三日ほどが経っていた。
廊下を歩いていたときに前方からやってきた紫原くんを見ても、私は特に何も思わなかった。
ただ、彼の方はそうではなかったらしい。
ずんずんと歩いてきた彼とすれ違うことはなく、何故か私の目の前で立ち止まった紫原くんを呆然と見上げた。
首が痛くなりそう。

「何か用かな、紫原くん」
「センパイ、この前ラスクくれたでしょ」
「あげたねえ」
「おいしかった」
「それは何より」

その感想をわざわざ言いにきたのだろうか。
それとも、もっと欲しいという意思表示だろうか。
私の予想はどちらも外れていたようで、なぜか紫原くんは制服のポケットを漁っている。
目当ての物が見つからないのか、様々な種類のお菓子がバラバラと廊下に散乱するので思わず拾うのを手伝ってしまった。

「あれ…?どこにやったっけ」
「何を探してるの?」
「んー、ちょっと。あ、あった。はい」

私が抱えていたお菓子と引き換えに、棒つきのキャンデーをずいと差し出された。
紫原くんの口には同じメーカーと思しき飴がくわえられている。

「これね、今日新発売の味なの」
「へえ」
「いま食べてるのとこれと、二種類出たんだけど」
「うんうん」
「こっちはセンパイにあげる」
「いいの?」

お菓子自慢をされている、と思っていたら自分宛てだと知らされて、つい聞き返してしまった。
この前のお返しなんだろうか、そう思うより早く、紫原くんが言葉を付け足す。

「うん。いま食べてるのおいしいから、多分これもおいしいよ」
「そっか、ありがとう」
「センパイが言ってたこと、ちゃんと考えたんだ」

飴を受け取ってから、私は思考を巡らせた。
私にとってはそこまで特別なことを言った覚えはないのだけれど、彼はどうやら思うところがあったらしい。

「分け合うココロ、大事」
「あ、うん。そうだね」
「これからもおいしいお菓子あったらちょーだい」
「え」

それが狙いか!


20130514
ちょっぴり成長した君にご褒美を
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