「中村。今から部活?」
「ああ、そうだけど」

バッシュの袋を提げて体育館に向かうだろうクラスメイトに声をかけた。
いま私は当たり前のように話しかけたけれど、別段彼と仲がいいわけではない。
私が一方的に縁を感じていて、その親近感があってこその声掛けだった。

「そういう君の方こそ、部活に行く途中じゃないのか」
「うん、今日は短距離のトラックに行くんだ。バスケ部みたいに一カ所に落ち着いて活動できたらいいのに」
「うちは敷地が広いからな」

中村とは気が合うと思う。
そう感じるのにはちゃんと理由があって、二年で同じクラスになってから、彼のことをよく視界に捉えるのだ。
たとえば、自販機で買う飲み物。
最初は、たまたま一つ前に並んでいた中村が冷たいココアを迷いなく選んだときに、おやと思った。
彼が缶を拾い上げてさっさと教室へ帰るのを見送って、私は彼とまったく同じようにボタンを押した。
真似をしたのではなく、それが日課だったからだ。
ちょっとプレミア感漂うココアは値段も少しばかり高く、私のようによほど気に入っている人でなければ選択肢にも入れない代物だ。
当時は今ほど気に掛けなかったけれど、いい趣味をしている人だと思った。
趣味。そう、中村とは物の好みが合う。
この前は図書室で借りる本だった。
貸出カードの一つ前に、中村真也という名前を見つけた。
一度気付いてからは目に留まるようになって、だいたい五冊のうち三冊は中村と借りる本がかぶっているのに気付いた。
一番大きかったのは、あれだったと思う。
食堂のカルボナーラ。
これも私が相当気に入っているもので、週に二度か三度は食べる。
ほとんど女子しかいないパスタコーナーの並びに中村が突っ立って、周りの注目を集めていたのは記憶に新しい。
いつも通り姿勢良く立って列から飛び出た後頭部に、男の子で運動部なのにカツ丼とか頼まないんだな、なんて偏見じみたことを思ったものだ。
私の思いなど知らない中村はラーメンを運んできた早川と席に着いて、おいしそうにカルボナーラを食べていた。
私の中で、中村への好感度が確実に上がった瞬間だった。
と、それまでは私が勝手に中村に親近感を抱いていたのだけれど、ついに昨日は日直の仕事で一緒になった。
面と向かって話をしても、寡黙に仕事をこなす姿を見ても、想像に違わない人だなあ、と。
そう思ったから声をかけた。私の行動理由はいたって平凡だ。

「バスケ部は専用の体育館があるからいいね」
「名字は陸上部だろ?活動場所って一つに決まってないんだな」
「その日の種目とか人数で変わるんだよ」
「そう」

静かに話す人だと思う。
淡々としているけれど、決して突き放すようではない。
私が発した言葉は音もなくクッションにぶつかるように受け止められて、中村はじっとその様を見つめているような。そんな錯覚。
そうして話を聞く側の姿勢を崩さなかった中村は、不意にぽつっと呟いた。

「そういえば、先週」
「先週?」
「森山先輩に話し掛けられているのを見た。体育館前の渡り廊下で」
「…ああ!うん、そんなことあったね」

海常はスポーツの部活動が盛んで施設も充実しているけれど、部の数が多いので敷地内の活動場所に余裕があるわけではない。
陸上部は広範囲を使用するから、ストレッチのような前準備は出来るだけ迷惑の掛からない空きスペースで行っている。
バスケ部専用体育館に繋がる渡り廊下はその定番であり、一週間前も同じ場所を借りていた。
あの人は中村の先輩だったのか。

「君は健康的で可愛い女の子だね、向こうで話さない?って言われて」
「へえ」
「部活中なので後にしてもらっていいですかって返して、部活終了の時間が合わなかったからそれっきり」
「結構あっさり対応するんだな」
「え?ごめん」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃない。オレに謝らなくていいよ」

ならば、どういうつもりで言ったのだろう。
顎に手を置くという少し古典的な仕草をする中村もなかなか様になっている。
考え事からふと意識を持ち上げるように、こちらへ向いた彼は普段よりはっきりした声音で言った。

「じゃあ、森山先輩と名字の間には何もないと思っていいのか」
「いいと思うよ」
「分かった」

部の先輩とクラスメイトがそういう関係にあるのなら、気になってしまうのが人間の性というやつだろう。
中村も色恋沙汰に人並みの興味があるんだなあ、と少し微笑ましく思った。
それより、彼は部活に行かなくていいのだろうか。
私も人のことは言えないけれど。
私たちはどちらも熱心な運動部に所属しているから、遅刻へのお叱りはそれなりに怖い。

「はじめは、走る姿が綺麗だと思ったんだ」

また中村がぽつりと落とすように言った。
私は思わず意識を止めて、「え、」と間の抜けた声を出してしまった。
綺麗なんて言葉を素直にさらりと言えてしまうところが、とても中村らしいと思った。

「君は見ていて好きな物がとても分かりやすい」
「…ココアとカルボナーラ?」
「うん。知ってる」
「偶然じゃなかったんだ」
「君を知ろうと思ったんだけど、これが結構楽しくて」
「楽しい?」
「楽しいよ。こうして話していても」

そこで言葉を切った中村はすう、はあ、と一呼吸置いた。
そうは見えないけれど、緊張しているんだろうか。

「名字に彼氏が出来たんじゃなくて良かった」
「…ストレートだね」
「そうかな。これからは毎日、どこで活動しているか教えてくれると嬉しい。休憩中に眺められるから」
「えーと」

随分はっきりと物を言うので、こちらが照れくさくなってきた。
言いよどむ私とは正反対に、中村に戸惑う様子は一切ない。
伝えたいことをそのままに伝える、なかなかの曲者だ。

「嫌なら無理強いはしない」
「いいよ。中村にちゃんと言う」
「ありがとう」

誠実さに満ちた礼を一つ残して、中村は体育館の方へ駆けていった。
放課後の鐘が鳴るのも聞き流して、私はその場にぼうっと取り残されていた。
去り際の、彼の表情が頭から離れない。
中村はあんなに優しく笑うんだなぁ。

20130509
君は僕が見つけた花なので
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