「よう、チビ」 「平均身長、です!」 渡り廊下で出くわした宮地くんが楽しそうに指差してくるので、避けて通ろうとしたらついてきた。 二年生の間、一年間だけ同じクラスだった宮地くんはクラスが変わった三年生になっても何故か私にちょっかいを出してくる。 廊下でいきなり背後から頭をはたかれたり荷物を奪い取って返してくれなかったり、はたまた忘れ物をしたと辞書や教科書を借りにくることもしばしば。 仲良くなった覚えは特に、ないのだけれど。 「いいじゃん、お前十分小さいし」 「そりゃあ宮地くんからすればね!何なのどうしてついてくるの」 「はぁ?自意識過剰ー、オレも移動教室こっちだから」 ちらと見やれば、彼の手には音楽の教科書。 音楽室は、私が行きたい家庭科室のすぐ近くだ。 目的地に着くまでは何かと絡まれる、と肩を落としたところで宮地くんが少し後ろから呟いた。 「…なんかいい匂いする」 その言葉に思わずぎくりとした。 こちらを覗き込む視線から、片手を何とか隠そうとした努力は無駄に終わった。 先ほど紙コップの自販機で買ってきたココアを、彼が目ざとく見つける。 二限と三限の間はほど良くお腹が空くからと楽しみにしていたのに。 「いい物持ってんじゃん、お前」 「あ、あげないよ」 「許可もらおうなんて最初から思ってねぇよ」 宮地くんが伸ばしてくる手に抵抗を試みるも、むやみやたらに暴れては廊下にココアをこぼしてしまう。 周りの目を気にしていたことも手伝って、紙コップはすぐに宮地くんに取られてしまった。 「あ!」 「冷めかけじゃねーか、さっさと寄越せよ」 ぐいーっと一気に飲み干した彼に言葉が出ないでいると、はたと気付くことがあった。 私はこれを買った時、その場で一口飲んだような気がする。 戸惑いと気恥ずかしさから、何とか宮地くんに声をかけた。 「あの、言いにくいんだけど…」 「なんだよ」 「それ飲みかけだったから、ごめん」 空の紙コップを手に、宮地くんがまばたきをした。 やはり嫌な気持ちになっただろうな、と思っていたら無表情のまま彼が言葉を返してきた。 「だから何」 「は?」 「なんで謝んの。オレが勝手に取ったんじゃん。嫌だなんて思わねーよ」 次々と続けられる彼の言葉から察するに、不愉快な気分になったわけではないらしい。 少し必死にも聞こえた弁解の真意は理解できないままに、「そっか」と小さく返すと、ふっと影が落ちてきた。 宮地くんが、近い。 「なんなら、返す?」 大きな手のひらが首の後ろへ回って髪をすいていくから、訳も分からずぞわわっとした。 私の肩をつかんで宮地くんが身をかがめた。 柔らかそうな唇がすごく近くにあって。 「ま、待って!」 「…なんで」 つい、宮地くんを突き飛ばした。 先ほどとは一転、不機嫌を露わにした笑顔で迫ってくる彼には恐怖しか感じない。 そのせいで、不意に真面目な顔を見せた彼に覚えた感情はすぐに曖昧になった。 「だって、なんでこんなことするの?意味わかんない」 「はぁ?お前それマジで言ってんの」 「ま、マジです」 「このアホ。好きでもないやつに構う男がいると思ってんのかよ」 それじゃあ、今までのはちょっかいでもいじめでもなかったということだろうか。 そう思い当たって、納得できた気がする。 宮地くんは何事もはっきり言わないから訳が分からない、と言えば無言で額を叩かれた。 地味に痛い。 「にっぶ」 「悪かったですね」 「ま、いいや。今日一緒に帰んぞ」 「はい?なんで!」 「どっか寄って、何でもいいからチョコを買え。そんでオレに寄越せ」 彼の言葉で思い出したが、今日はバレンタインデーだ。 宮地くんでもチョコを欲しいと思うんだ、という妙な感心をしてしまう。 それにしても、ずいぶんと横暴で一方的な提案だ。 「私が宮地くんにあげると、何かあるの?」 「お前の気持ち、聞いてないから今はそれでいい。とりあえず許す」 「はぁ」 「あとは…」 「あとは?」 先を促すように繰り返すと、宮地くんが一歩私から離れた。 かち合った視線を外して、手のひらで口のあたりを覆った宮地くんは小さく言った。 もしかして、照れている? 「お前からもらえたら、…オレが嬉しい。悪いかよ」 とても恥ずかしそうに言葉を切った宮地くんを見て、私まで顔が熱くなった。 そして耐えきれず言い返していた。 「明日まで待ってて。ちゃんと、作ってくるから」 ぱっと視線を合わせた宮地くんがはにかむように笑った。 わ、可愛い顔。 高鳴る胸は、もうとっくに宮地くんを意識し始めているのかもしれない。 今後の私たちに関しては、明日からのお楽しみ。 20130206〜20130228 拍手ログ |