「花宮の好きなチョコレートってなに?」

それまで私の話に「うるせぇ」とか「クソが」とか、かなり雑な相槌を返していた花宮が、不意に本から視線を上げる。
虚をつかれた彼の表情は、普段の作ったような嫌な感じはしない。
そんなにおかしなことを訊いたかな、と彼の本を引っ張り、何を読んでいたのかと覗き込む。
てっきり頭をはたかれると思ったが、覚悟していた衝撃は訪れなかった。おや。

「今何つった」
「花宮がどんなチョコ好きかなーって、気になっただけ」
「なんでそんなこと気にしやがる」
「何となくー。こういうのは嫌いそうじゃん?」

そう言いつつ、手元の箱を軽く降るとカラコロと音がする。
苺チョコと普通のチョコが三角の形に二層になっているそれを一つ取り出すも、花宮は眉を寄せるだけだった。
可愛らしい見た目のお菓子が彼に不似合いだと思うのは、単なる先入観だろうか。
ころりと口に押し込んだ欠片はゆっくりと溶けていく。

「おいしいよ。甘くて」
「聞いてねぇよ」
「あぁ、そう」
「結局どうしてそんな話題を…、あ」

不自然に言葉を切った花宮が頬杖をして、いつものにやにや顔に戻った。
彼から取り上げた本に目を通していた私は、その不遜な態度への変化を理解できずに首を傾げた。
何をこんなに楽しそうにしているんだろう。
その答えは花宮の意地悪く、しかし機嫌の良さそうな声によってもたらされた。

「お前からもらうほど飢えてねぇよ、バァーカ」
「え、何の話?」
「は?そっちから言い出したんだろ」
「…ああ」

もしかして、もしかしなくともこの人は。
私が好きなチョコレートを尋ねたから勘違いをしてしまっているのか。
この予想が当たっていたらと思うと若干申し訳ない気分になって、早めに訂正をしようと考えた。

「ったく、どいつもこいつもくだらねぇイベントに浮かれやがって」
「ストップ」
「あ?」
「私、花宮にバレンタインチョコあげるとは一言も言ってないよ?」

滔々と語り始めた彼を手で制すると、再びのしかめっ面。
彼が珍しく勘違いしてしまったのも無理はない。
二月に入る少し前から、女子生徒の間ではバレンタインの話題ばかり。
曲がりなりにも女子の一人である私が話題を振ったのだから、そう思い当たっても不思議ではない、けれど。
花宮は僅かにでも他の可能性を疑わなかったのだろうか。
相手がこの私であるというのに。

「原とか古橋が、14日にお菓子パーティーでもやろうって。寂しい者同士で」
「…はぁ?」
「で、買い出し行くからお前は花宮の好きなチョコ菓子聞いてこいって言われたの。だから訊いただけ」

淡々と事実を述べれば「へー、ふーん、あっそ」と刺々しい声音で返ってきた。
思い違いして勝手にすねちゃったよ、この人。
きっと内心では恥ずかしくて仕方ないんだろう。
私から本を奪い返した乱暴な手つきが物語っていた。

「それで、教えてくれる?好きなもの」
「…100%」
「何だって?」
「カカオ100%チョコレート買ってこい。99%とか中途半端なやつ買ってきたらぶっ殺すぞ」

やはり期待を裏切らない返答だ。
花宮が苺チョコとか好きだったらどうしようかと思った。
古橋に花宮の希望をメールしていると、不機嫌そうな瞳がこちらを見やる。

「返事は」
「はいはい。今送っといたよ」
「フン」
「それにしても、あんな苦いもの好きなんだね。私はこれでいいや」

先ほどからつまんでいるチョコレートの箱を指差してみせると、花宮がじろっと私を睨んだ。
何だ、まだ機嫌が悪いのか。
そう思った矢先、花宮の手が箱をさらっていく。
蓋を開けた彼が呷るようにして箱を傾けたので、ザラザラと残りのチョコレートがその口に飲み込まれていった。
唖然として見つめていると、チョコをガリガリと噛み砕いた花宮がべっと忌々しそうに舌を出した。

「…クソあま」

そう零したきり空の箱を投げつけてきて、読書に戻ってしまう。
ひょっとして、今のが八つ当たり?
性格の悪い彼にしてはずいぶんと可愛らしくて、私は小さく笑いをかみ殺した。

20130206〜20130228
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