冬になって、名前がブランケットおばけになった。 こんな妙な単語でしか表現できないことがもどかしいが、これが一番的確な気もする。 彼女はオレが贈った淡いオレンジ色のブランケットを、もらったその日から離さない。 さすがに外出時に使うことはしないが、家にいる間にはどこへ行くのも一緒だ。 よほど嬉しかったらしい、と思えばオレにもいい感情が浮かぶのだが、単にこいつが寒がりなんだと思う。 この前なんかは炬燵に入りながら一緒に使っているものだから、つい尋ねてしまっていた。
「…暑くねぇの?」 「うん。あったかくていい感じ」
口元にブランケットを引き寄せて、名前は心地よさそうに目を細めるだけだった。 ブランケットはいつも肩に羽織るようにして使われている。 小さめのサイズで、腰あたりまでを覆っている状態で腕を広げるとモモンガみたいだ。 面白がってその格好をさせていたら、すぐに寒いと振り払われてブランケットを襟元にかき寄せていたが。 食事時はくるくると腰あたりに巻きつけて下半身を覆う。 行儀が悪いと注意したが、椅子の上で正座して食べられるよりはマシかとあきらめた。 なんでも、ブランケットを使っていれば正座しなくても足が冷えないらしい。 思う存分有効活用してくれるのは嬉しいが、一体化しそうなレベルで使い込まれるので少し呆れていた。 そんな名前が相変わらずブランケットにくるまれて、ソファーに寄り掛かっている後ろ姿がここからだと見えている。 立ち上がって歩み寄ると、案の定うとうとしていた。 頭がゆらゆらと揺れている。
「名前」
呼びかけて手のひらを頬にすべらせると、一瞬びくっとしてからすり寄ってきた。 思っていたより手が温かくて気持ちいいらしい。 そのまま子ども体温な肌に触れていると、いよいよ体が傾いてきたので、引き寄せて脚の間に座らせた。 ブランケットごと後ろから抱きしめるとふわふわした感触の下から高い体温が伝わってくる。 すげーあったかい。
「ん、清志?」 「風邪ひくぞ。寝るならベッド行けよ」 「…そうだねー」
こんな会話はしても、名前もオレもまったく動く気配がなかった。 暖房をしていてもまだ冷え込む部屋で二人くっついていれば、お互いの体温が行き交って心地いい。 やばい、オレまで眠くなってきた。 重たくなる意識をまぎらわそうと、名前が肩にかけているブランケットの端をつまみあげて、指先でいじくり回した。
「お前気に入ってんなー、コレ」 「うん、快適快適。さすが清志は私の欲しいものをわかってくれてるよね」 「…そーデスカ」 「あ、照れた。照れたよね?」 「うっせーなあもう、静かにしとけよ」
回していた腕の力をぎゅっと強めて、横に向けて体を倒せば当たり前だが名前もついてきた。 もみくちゃの状態で床に横たわっているオレらはいわゆるバカップルなのだろうか。認めたくない。 ずっと背中しか見えていなかったその表情を拝んでやろうと思って、名前の体をこちらに向ける。 子どもみたいにくすくすとこぼす声は幸せそのもので、惜しみなく向けられた笑顔には、なんだかオレの方が恥ずかしくなった。 じわりと熱くなった頬に意識を向けられたくなくて、その肩からずり落ちたブランケットをかけ直してやる。
「コラ、静かにしてろとは言ったが寝ていいとは言ってねーぞ」 「…んん」
少しほっとけば今にも夢の中へ行ってしまいそうな、名前の額をぐいと指先で押す。 驚いたように目を何度もまたたかせていた様子がおかしくて、ちょっと笑った。
「清志、私に付き合うのはいいけど何も用事ないの?」 「あー…そういや今日なんにもしてねぇな。休日なのに」 「家事は終わってるんだけどね」 「ま、いいだろ。たまにはこんな日があっても」
ゆったりと相手を抱きしめなおすと、腕の中で名前がくすぐったそうに笑う。 用事、と言われて二人で買い物リストの内容を思い返していて、ふいに彼女が腕から抜けてその身を起こした。 オレの手に引きずられて落ちるブランケットを引っ張り上げながら、名前が楽しそうな顔を見せる。 見上げる視点が新鮮で、オレはそのままの姿勢で彼女の言葉を待った。 さて、何を思いついたのか。
「いいこと考えたよ。買い物にいこう」 「なんで?」 「清志にも、私からブランケットを買ってあげる!」
愛しのブランケットおばけは、どうやら仲間が欲しいらしい。
20130222 ほっこりぬくぬくラブラブですね |
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