「お、名字さんじゃーん!」

校門を出たところで高尾くんに会った。
その軽装を見るに、部活の走り込みをしていたところだろうか。
他にも何人か、バスケ部と思しき背の高い人たちが駆け抜けていく中、高尾くんは走るコースを逸れてスピードを緩めた。
急に止まるのは負担が掛かるからか、目の前で何度か足踏みをしてから立ち止まる。

「お疲れ様。大変そうだね」
「平気平気、まだウォーミングアップだから。辛いのはこっからなんだよなー」
「でも楽しそう、高尾くん」
「ん?まーね、キツいけどやりがいあるから!」

晴れやかに笑う高尾くんとは、クラスで席がお隣だ。
この前の席替えで連続三度目の隣席に当たったとき、「もーこれ運命っしょ!」と、彼がケラケラ笑っていたことを思い出す。
高尾くんとは話しやすいし、話題や趣味も合うから正直隣の席は居心地がよくて楽しい。
それでもこんな風に授業外で声をかけられたのははじめてだったので、少し驚いている。

「名字さんは?いま帰り?」
「うん、委員会に出てきたとこ」
「やー、真面目だねぇ。お疲れさんっ」
「このくらい何でもないよ。それより、抜けちゃって大丈夫?」
「う、ちょっとだけなら…ホラ、休憩も大事って言うし、い゙っ!」
「なぁにサボってやがる一年坊主!轢くぞコラァ!」

罵声とともに高尾くんが勢いよく前につんのめった。
通りがかった先輩にどやされたのだと気付いたときには、高尾くんの後頭部をはたいた張本人が足を止めていた。
ふわりと風に揺れた金髪となかなか見ない長身には覚えがあった。
しかし、声を掛ける隙もなく彼は高尾くんを罵倒し続けている。

「高尾ォ、お前いい度胸してるじゃねーか。練習メニュー倍にするか?ん?」
「うひー、スンマセンっ!」
「声が小せえ!しまいにゃ埋めんぞ!」
「あの、すみません。私からも謝ります…」

彼と世間話に興じてしまった自分にも責任の一端があると感じて、思い切って声をかけると不機嫌を剥き出しにした表情がこちらへ振り返った。
思わずひるんでしまったけれど、私が部活外の人間で、かつ知っている顔だと認めたらしい宮地先輩は眉間のシワを緩めた。

「おう、名字じゃねえか。なに?コイツと同じクラスだっけか」
「はい。私が高尾くんを引き留めちゃったので、そろそろ許してあげてください」
「ふん、仕方ねーな」

宮地先輩の腕から首を解放された高尾くんが、若干むせながらよろける。
涙目をぱちくりとさせて、彼は不思議そうにつぶやく。

「あれ?宮地サン、彼女知ってるんすか?」
「委員会が一緒」
「そういえば、今日が定例会でしたね」
「おー、どうだった。休んじまったけど」

意外そうな高尾くんをよそに、宮地先輩は私に向き直った。
今の時間帯に走り込みをしているということは、部活を優先させたのだろう。
普段の集まりなら大した出来事もないのだが、今回は少し訳がちがう。
宮地先輩が気にするのも最もだ。

「次期委員長の選挙結果、今日出たんだろ」
「はい、あの二年で眼鏡をかけて背の高い…」
「うわー、やっぱりアイツかよ。アイツにだけは入れねーと決めてたのに」
「私もです」
「先行き不安だわ…決まったもんは仕方ねーから、来年はお前が立候補しろよ。そしたら安心だ」
「努力します」

三年の代表である宮地先輩と一年の代表である私には面識があった。
一緒の仕事も多かったし、何より二年の代表であり今回次期委員長として選ばれた彼への反感で私たちは結束していた。
真面目なことはいいのだが、合理的が過ぎる考え方に一部の委員は辟易としていたのだ。
口論になると大概その金髪を素行の引き合いに出され、宮地先輩がよく怒っていたのを覚えている。

「頼むぜホント。お前には期待してるから」
「ありがとうございます。最後まで言われてましたけど私は宮地先輩の髪、素敵だと思いますよ」
「おう、サンキュ。後輩がお前みたいなのばっかだったらいいんだけどなー」

後輩、という言葉にはたと気付く。
先ほどから会話の外にいることを強いられていただろう高尾くんへ目を向けて、ぎょっとした。
子供みたいにぶすくれた表情には宮地先輩も驚いたようで、引き気味の声が掛けられる。

「高尾…なに不細工な面してんだ」
「何なんすか、オレだけ蚊帳の外で!ほったらかしだし!名字さんも、オレにわかんない話ばっかしないでよね!」
「ご、ごめんね」

つんと拗ねたような顔を見せる高尾くんが意外で、私は戸惑ってしまった。
確かに会話から置き去りにしたのは事実だけれど、いつも飄々としている彼がこのくらいで気を悪くするとは思ってもいなかった。
それなので、思ったことをそのまま口にする。

「宮地先輩との話題といえば、委員会のことくらいしかなくて…」

本当のことを言ったはずなのに、今度は宮地先輩が顔をしかめた。
何か怒らせるようなことを言ってしまったかと焦ったけれど、彼自身にもその不機嫌の理由は分かっていないらしく、すぐに首をひねっていた。
反対に高尾くんは「…へえ」とつぶやいたきり、にやにやと表情を緩める。
その顔、好きな子には見せない方がいいと思うよ、と言いかけたけれど、大きなお世話だと考え直して口を閉じた。

「ね、名字さん!」
「はい?」
「現代社会のレポートって提出期限いつまでだっけ?」
「えーと…来週の金曜日かな。文字数多いから大変だよね」
「ホントだよなー!この時期に課題追加するあの先生マジ鬼だって!」

宮地先輩そっちのけでいきなり話題を切り替えた高尾くんに戸惑いながらも、無難な返事を返す。
これじゃあ今度は先輩が蚊帳の外になるんじゃ…と思ったけれど、そこまでは口出しできずにちらりと宮地先輩を見やる。
明らかに怒りが募ってきている表情だ。

「そんじゃ、明日の英単語テストの範囲も聞いていい?あん時うとうとしててさー」
「ちょっと待ってね。確認するよ」
「へえ、手帳にメモしてんの?さっすが、女の子らしくていいね!」
「そ、そうかな」

いろいろと疑問は残るけれど、褒められて嫌な気持ちにはならない。
思わずへらっと照れ笑いを見せた途端、「はいそこまでだ」と宮地先輩が私たちの間に割って入った。
やっぱり怒られる!と身構えるも、なぜか宮地先輩は高尾くんに向き直る。
まるで牽制のような、私をかばうような姿勢で。

「いい加減にしろ、名字に迷惑かけてんじゃねえ」
「え、オレ迷惑だった?ごめん、名字さん」
「いや全然…」
「お前も否定してんじゃねえよ!」
「はいっ!」

素直な気持ちを述べたところ、振り向いた宮地先輩に叱られてしまった。
部活の邪魔してるし、むしろ自分が迷惑をかけたと思うのだけれど、口を挟む余地がない。
高尾くんがさっきと同じようにちょっと得意げな笑みを見せる。

「宮地サンだってしてたじゃないっすか。名字さんとお話」
「あれは委員会の用事だろーが」
「そっすか〜?結構世間話も入ってた気ぃしますけど」
「…何が言いたいんだよ」
「宮地サンはよくってオレはダメ、なんてずるいですよ。それとも、邪魔したい理由でもあるんですか」

高尾くんはなぜ挑発するようなことばかり言うんだろう。
ハラハラしながら宮地先輩の背中とチラ見えする高尾くんの表情をうかがう。
すぐに否定の言葉を返すと思っていたのに、しばらく先輩は黙り込んでいた。
さすがに声をかけよう、と思ったあたりでゴツン!という鈍い音と高尾くんの「いってえええ!?」という悲鳴が聞こえた。

「知らねーよ!いいから戻るぞバカ一年!」
「え、ちょっ理不尽!」

舌打ちを一つ残した宮地先輩は私へ「じゃあな」としっかり言い残してから、高尾くんを引きずっていった。
目が合うと、楽しそうににやけていた高尾くんは一転して人好きのする笑顔でこちらに手を振ったので、小さく振り返す。
…なんだったんだろう、結局。
その日は一日、頭の中で高尾くんと宮地先輩の姿が交互にちらついて離れなかった。

20130219
宮地(→)女の子←高尾が書きたくて
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