オレは猫という生き物らしい。 いつも清志と呼ばれているから最近まで知らなかった。 それこそ野良時代でチビだった頃は道行く人間どもに散々「猫」と呼ばれたはずだが、覚えていないんだから仕方ない。 人間の言葉に興味を示したのは今の飼い主サマに拾われてからだった。 オレの飼い主サマはたいそう優しい人で、ボロ布みたいに弱ってたオレを拾ってこんなに立派に育ててくれた。 今なら毛並みでそこらの猫に負ける気がしない。 金色でふわふわ、というのは飼い主サマが毎日のようにオレに言う言葉だ。 めちゃくちゃ笑顔で言うから、それをとても名誉な褒め言葉だと思っている。 オレみたいな拾われ猫はきちんと買われてきた飼い猫や野良猫のどっちつかずで、どちらとも馴染めない。 けれど構わないし、どうだっていいんだ。 オレにはこの女性がいればいい。
「じゃーん!清志、これ何だと思う?」
心地よく、聞き慣れた声が耳をくすぐった。 オレに合わせてかがんでみせた飼い主サマは、いつものようにニコニコ笑っている。 オレが言うのも何だが、この人はいつでも飼い猫が可愛くて可愛くて仕方ないらしい。 名誉なことだ。 もっと愛してくれていいんだぜ。
「なーう」 「特別なゴハンを買ってきたんだよ。今日は清志に会った大事な日だからね」
いつもと違うメシ。 そういえば、前にもこんなことがあったな。 飼い主サマの手の中の袋をよく見ようと、その背中から肩に上った。
「うー、重い重い。二年前よりかなりおっきくなったよねえ」
伸びてきた手のひらが優しく首の下をかいていく。 こうされるのは結構好きだ。 もっとしてくれと頭をこすりつけると、メシの催促と思われたらしい。 「はいはい待ってね」とオレを下ろして歩いていってしまう。 ちげーっての。 あんたホントに鈍いよな。
「なーぁ」 「もうすぐよー。あれ、あのお皿どこやったかな…」
もどかしい瞬間がないと言えば嘘になる。 ただ、彼女はいつだってオレにしてほしいことを分かりやすく伝えてくれるから、積み重ねた年月も合わせてオレはずいぶんと人間の言葉に達者になった。 対して、拾われた当初のオレは笑えるほどひねくれ者だったため、その期間の名残か彼女はたまにオレの言いたいことを勘違いするのだ。 まあ、自業自得だから仕方ない。 ぐるぐる喉を鳴らしながら脚にすり寄っていると、彼女が困ったような声を上げた。
「あんなに高いところに仕舞ったっけ?」 「うにゃーう?」 「そっか。前は○○さんに片付けてもらったんだね」
ぴくん、と耳が不愉快に揺れた。 今彼女が口に出した奴、オレはそいつが嫌いだ。 たまにこの家を訪れるその男は、彼女のことが好きらしい。 割と猫好きらしくオレによく手を伸ばしてくるが、撫でさせてやった試しはない。 嫌悪をこめて威嚇すると叱られる。 あいつがいると飼い主サマが構ってくれないんだ。 オレの方が長く一緒にいるってのに。 あわよくば彼女と「つがい」になろうとしていそうで、オレは心配だ。
「背高いもんね、あの人は」 「……」 「そこがかっこいいんだけど」
オレがそいつを気に入らない理由がもう一つ。 彼女は何度となく、呆れるくらいオレに「可愛い」と言ってくれる。 それはきっと名誉なことだ。 しかしそいつが言われる「かっこいい」、オレはそれをもらったことがない。 だから余計に腹が立つのだ。 別に可愛いが嫌なわけじゃない。 飼い主サマが言う「可愛い」は「好き」と同じくらい甘く聞こえる。
「背伸びして取るのも危ないだろうし、踏み台持ってこようか」 「ウルルル…」 「なんで機嫌悪いのー?」
いつもなら気持ちいいと思う背中に置かれた手からするりと抜け出した。 「ごめんごめん」と彼女が笑顔で手を引っ込める。 こういうことをするから、未だにオレの気持ちを分かってもらえないのだろうか。 近くの椅子と開いていた戸棚をつたって、先ほどから彼女が注意を向けていた場所へたどり着く。 こんなもんの何が気になるんだ?
「…清志」 「んなー」 「すごいね!そんな高いところまでひょいひょいーって。かっこいいよ!」
今、なんて。 ずいぶんと高い位置から見下ろすと、彼女が笑顔で手を叩いている。 …そういえば、この家に来てから激しい運動をしていない。 高い家具はそんなに置いていないし、野良時代は塀やら屋根やら平気で上ったもんだが。 彼女が嫌がると思って、大人しくしていることが癖になっていた。
「なー?」
もう一度言ってくれよ。 さっきはちゃんと聞いてなかったんだ。 尋ねるように伸ばして鳴くと、彼女がふいに笑顔を深めた。
「清志、かっこいいよ!」
うん、悪くない。 もっと言ってくれ!
20130130 イメージはペルシャのレッドタビーかメインクーンかノルウェージャンフォレストキャット でっかい美人猫 |
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