「福井さん、その手離してくれませんか?」
「やだって言ったら?」

すぐ後ろで聞こえた声と同時に、身体に回された腕がぎゅうと力を強めた。
目の前には知り合って間もない氷室くん(二週間くらい前からよく話すようになった)、私の頭にあごを乗せてるのは福井先輩(中学から一緒で仲良し)。
氷室くんは先ほどからにこにこと人好きのする笑みを崩さないものの、私の左腕をぐっと握って離さない。
振り返って見上げた福井先輩はどこかにやにやと楽しそうで、私の髪を指先でいじって遊んでいる。
交互に見やって、どちらも笑顔なのに不穏な空気を感じた私は黙り込むしかなかった。

「ほら、なんだか困ってる様子ですよ?離してあげたらどうですか」
「コイツ嫌だなんて一言も言ってねーだろ。むしろお前が強く掴みすぎなんじゃね?離してやれよ」
「福井さんこそ」
「いやお前が先だろ」

笑顔の下の冷戦にぶるっと身体が震えた。怖い。
すると途端に「どした?寒いか?」「カイロあるよ?」と二人が素の心配顔を見せるから、少しだけ安心した。
なのに。

「寒いんならお前からもひっついていーんだぞー」
「だから、そういう強要やめましょうよ。福井さん、先輩だからって彼女に無理強いしてません?」
「は、無理強いねぇ。お前が言えたことじゃねーと思うけどな」
「…なんですか。オレが彼女に何かしましたか?」

目ばかりが笑っていない彼らの応酬が続く。
福井先輩の細い瞳はキリキリと威圧感を放っているし、こちらを見下ろす氷室くんの視線は冷ややかでぞっとする。
それなのに私には優しいから、その差がどうしても信じられなくて怖いのだ。

「何って、最近やたらとコイツにつきまとってんじゃん」
「人聞きが悪いですよ。クラスメイトとして、仲良くしているんです」
「本当にそれだけか?」
「…確かに、下心がないと言えば嘘になりますが」

聞き逃せない単語に思わず顔を上げると、氷室くんと目が合った。
にこりと落とされた笑みとともに、空いていた方の手にするりと細い指が絡まる。
氷室くんの手は少し冷たくて、けれど大事そうに触れてくるからドキドキした。
彼が身をかがめると、ふわっといい匂いがした。

「迷惑だった?」
「そんなことはない…けど」
「良かった」

まるで子犬みたいに目尻を下げて微笑む氷室くんからは、さっきのような刺々しい空気は微塵も感じられない。
笑うとちょっと幼くて、可愛い印象になるんだなぁなんてのんきに思っていたら。
バチーン、という派手な音がして氷室くんの手が離れた。
いや、離された。
福井先輩の平手打ちによって。
これまで崩れなかった氷室くんの笑顔が、消える。
その光景に、さあっと血の気が引く。

「…痛いじゃないですか」
「やらしい触り方すんなよ」
「言いがかりです。ずっと彼女に抱きついてる福井さんにだけは言われたくないですね」
「オレはいいんだよ」
「その根拠は?」

すらすらと交わされる会話のたどり着く先にいい予感がしなくて、もういいですやめてくださいと言いたくて仕方ない。
ここは廊下であるというのに、道行く生徒は誰一人として目を合わせてくれない。
誰か、できればバスケ部の人が通りかかってくれないだろうか。
一瞬そう考えたけれど、それはそれで事態がこじれる気がする。期待はできない。
ふと、後ろからしがみついていただけの腕にぐいと引っ張られて、心地いい温度に包まれた。
福井先輩に向かい合うようにして抱きしめられている、と分かって顔が熱くなる。

「コイツがオレのこと好きだからだよ」
「…へえ」

気恥ずかしいと思った感情は、背後に響いた声で吹き飛んだ。
こんなに怖い氷室くんの声を今まで聞いたことがない。
私の頭をぽんぽんと叩いて、見上げてすぐの福井先輩がちょっと嫌な笑い方を見せた。

「ようやく本性出したな、氷室。こえーこえー」
「あまり先輩相手にこういうこと言いたくないんですけどね…気に食わないんだからしょうがない。引っ込めって言ってるんですよ」
「…ふん。よっし、お前は離れてろよ」

とん、と肩を押されて福井先輩の腕から解放された。
事態が飲み込めずに二人を見やると、袖をまくって睨み合っている。
どう見てもいい雰囲気ではない。

「やー、ケンカ久しぶりだわ。鈍ってねえかな」
「け、ケンカって」
「オレ、手加減できませんけど」
「は?ナメんなよ、頼んでねえっつの」
「あの、福井先輩」
「あー心配すんな。オレつえーから」
「…氷室くん」
「すぐ終わるから待っててね、オレの愛しい人」
「誰がお前のだよ?ああ?」
「先輩、威勢だけはいいですね。弱い犬はよく吠えるって知ってます?」
「ざっけんなよクソガキが」

どんどん険悪さを増していく会話を傍から聞くだけに堪えられず、この状況を見て遠巻きに作られた人だかりを見渡す。

「だ…、誰か助けて!」
「あれ、名前ちんだー。何やってんの?…わーめんどくさそ〜」
「紫原くん…!あの二人止めて、お願い!」
「ムリ」
「えっ」
「あそこの二人、怒らせるとバスケ部で一番こえーんだもん」

のんびりとあくび混じりに言われたそれに、私は言葉を失った。
今更だけど、大変な人たちに好かれてしまいました。

20130121
ケンカ強い福井先輩は願望です
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