夢を見ていた。 体育館の入口から見た景色の奥には彼がいる。 ぐっと腰を落としたかと思うと、その手のひらから音もなくボールが離れ、綺麗な放物線を描く。 この光景は知っていた。あのシュートは入る。 そう確信を持っていたけれど、視線を離さないで見つめた。 想像のとおりシュートが決まった途端、過去の私は思わず手を叩いて喜んだ。 彼は同じく自主練中のチームメイトとハイタッチを交わしてから、こちらを振り返った。 ガッツポーズをして眩しい笑顔を見せる彼に、私も一生懸命手を振った。 彼に思いを伝えようと日々体育館に通ったこともあった。 懐かしい。思い出すには少し遠く、青かった記憶。 ゆらり、浮かんだ意識がぼやけたままに目を開くと間近に寝顔があった。 耳にかかる金髪をさらさらとシーツの上に乱して、健介が静かに眠っている。 夢で見た姿とは数年越しの彼をじっと見つめてから、私は今の自分がどこにいるかをはっきり思い出していた。 やけに鮮明な夢を見たあとは記憶が混在して、寝ぼけてしまってどうもいけない。 もう一度見やると、健介と額が触れあうような距離で寝転んでいることに気が付いた。 彼のふわふわした寝癖混じりの髪と私の髪が混ざり合ってるのがなんとなく嬉しくて、軽く頭を近づけてすり寄った。 健介は少し身じろいだものの、目が覚めるまでには至らなかったようだ。 一人で先に起きてしまったことが寂しいような、でも彼を起こすほどでもない気がして、私はぼーっと健介を見る。 彼の腕はゆるく私の腰あたりを抱きしめていて、抜け出して起き上がるわけにもいかない。 そろそろと腕だけを伸ばして、彼の髪先を指でいじくる。 面立ちに、高校生の頃と大きな違いは見られない。 いつだって年より若く見られて十代かと思われる彼がうらやましい。 本人は未だに年齢確認をされることを嫌がっていたけれど。 そのまま視線を下ろしていくと、薄いシャツ一枚の下の肩が目に入る。 今もしっかりとした体つきでいるのは変わらず、そんな健介は寝るときにシャツと短パンという、まるで学生のような格好をしている。 それも手伝って、あの頃の夢を見たのかもしれない。 深く考える前に目の前の胸板に触れて、何とはなしに、つつと指先でなぞる。 すると、重たい吐息がすぐそばで感じられた。 「…何してんだ、すけべ」 額をごつっと合わせられて、視線を上げるとまだまだ眠たげな瞳が私を見ていた。 そっと手を離すと、それを彼の手のひらがぎゅっと包む。 起きぬけの会話を、健介は昼頃には忘れていることが多い。 果たして今日は覚えているだろうか、と思いながら口を開いた。 「起こしちゃった?」 「くすぐったくて目ぇ覚めた」 「ごめんね。気持ちよさそうにしてたのに」 「そろそろいい時間だろ。昼まで寝てる気はないんだし、別に気にすんな」 そうは言いながらも、声色だけ聞けば二度寝してしまいそうな眠さを含んでいる。 もう起きるという彼の言葉を信じて、眠気から引き離すように会話を続けた。 私が黙っていれば健介はすぐに寝てしまいそうだ。 「懐かしい夢を見たよ」 「どんな?」 「まだ私たちは高校生で、自主練中にシュートを決めたところを、私が見てるの。そのときに健介が無邪気に喜ぶの可愛かったなぁ」 「…ふーん」 腰に回った腕は変わらず、もう片方の手のひらで私の頬をゆるゆると撫でながら、健介は話に聞き入っている。 高校時代を思い出して懐かしんでいるんだろうか。 まだそんなに生きていない人生の中でも特に色濃かった時間。 嬉しいにしても悲しいにしても、あんなに感情が強く揺り動かされる時はそうそうないだろう。 大人になって、いろんな感覚を忘れてしまった気がした。 「私はよく体育館まで健介のことを見に行ったけれど、あの頃はまだ付き合ってなかった頃じゃないかな。なんだか私自身がぎこちなかったし」 「…その時さ、オレってお前のこと見てた?」 「ん?振り向いて嬉しそうな顔は見せてくれてたよ」 「それ、お前のこと好きになってたって。お前がオレに会いにくる頃にはとっくに惚れてたから、お互い片思いしてたってことだな」 簡単にうなずいてしまうにはあまりにもったいない言葉を聞いた気がして、私は顔を上げた。 見つめた先の健介の瞳に眠気なんてすっかりなくなっていて、ただ二人でじっと見つめ合ってしまった。 先に目を逸らしたのは、やはり私からだった。 そんな私の頭をよしよしと撫でながら、見えないけれど健介は笑っていたんだろう。 久々にこんなにも嬉しくて恥ずかしい、と感じた気がする。 この年になって、自分でもわかるくらい赤面するなんて思わなかった。 不意に「かわいい」なんて頭上で呟かれて、敵わないなぁと目を伏せる。 「そもそも当時気づいてなかったのかよ」 「そんな、わかるわけない…ただでさえ不安だらけだったのに」 「お前はわかりやすかったから、オレは嬉しかったけどな」 なおも隠すように彼の首あたりに顔を埋めていたのだけれど、軽くあごを持ち上げられて無意味になってしまった。 もちろん、彼と一緒にベッドへ寝転がっている時点で逃げ場がないのは分かり切っていたことだ。 それに私だって、彼に捕まえられることを期待していないと言ったら嘘になる。 きっとまだ赤いんだろう、私の頬に触れた唇の方が冷たかったから。 こんな風に朝から彼が私を可愛がるのは。 「珍しいね、こんなの。いつもの健介は…割とそっけない感じだと思うんだけど?」 「オレが起きる前、なんかべたべた触ってたろ。お返ししなきゃ不公平だと思って」 「…寝たふりは」 「してない。けど、ぼんやり意識はあったからな」 少し意地悪く、弱みを握ったと言いたそうに笑った健介が私を抱きしめて、懐いた猫みたくそこかしこに頬をすり寄せる。 そのくすぐったさと行為の甘さに私は耐えようとした。 けれど、楽しそうに彼が重ねて言う。 「珍しいのは、お前もじゃん。オレが起きてるときは絶対あんな風に触ってこないくせに」 「…そうだっけ」 「そ。だから正直浮かれてんだよ。愛されててよかった、って。すっげー安心した」 素直で惜しみない言葉がじわっと私を追いつめた。 もうやめてと言いたくなるくらい、気恥ずかしさがこみ上げる。 羞恥に堪えるような表情をしていたのだろう。 苦笑いに近い顔をした健介が「顔、赤い」と小さく言ってきた。 「お前が可愛いから、今日はとことんべたべたしてやろうかと思ったのにな」 「……」 「その様子じゃ無理そうだし、仕方ないからこれで勘弁してやるよ」 ふと影になるように健介が見下ろしてきて、ちゅっと音を立てて唇から離れていった。 絶対わざとだ、と責める間もなくベッドから起き上がった彼は、寝起きの身体をほぐすように腕を伸ばしている。 「…健介」 「なーんでそんな恨めしそうな顔すんだよ。オレの機嫌が良くて助かったろ?」 完全にからかっている様子で、まだ寝転んだままの私の頬をつつく。 その手をつかむと、おや、といった表情で健介が私の視線に合わせてかがみ込んだ。 「名前?」 「もう少し、そばにいてよ」 「…どういう意味?」 「私ばっかり余裕がなくて恥ずかしいから、仕返し」 「ふはっ、仕返しになってねーよ。続きするけど、いいんだな?」 黙ってうなずくと、健介は一瞬だけびっくりした顔を笑顔に戻して、私に覆い被さるように再び寝転んだ。 キスばかりの甘い戯れの時間が休日を埋め尽くしていく。 たまには高校生の気分に帰ってみて、気恥ずかしい思いで愛を語ろうか。 20121223 きらきらと甘い |