宮地が恋をした。
二つ下の学年の、ふんわりお花みたいな女の子。
大人しくて気立てが良くて、私と共通点を探す方が難しい、マネージャー仲間の可愛い後輩。
そう、そんな誰からも愛される女の子が、宮地以外の誰かからも愛されないはずがなかったのだ。

高尾くんに彼女ができた。
彼が話す冗談にいつだって笑って首を傾げるような、清楚と可憐を極めた女の子。
同い年の彼らはいわゆる「お似合い」な二人で、ひっそりといつの間にか、しかし隠しもしなかった部内恋愛は先輩たちから公認の仲といってもいい。

そして、私の好きな人の好きな女の子に彼氏ができた。
つまりはそういうことだ。
きっと見ていられなくなる、そう思っていた宮地の瞳はどういう訳か二人が付き合いだしてからますます綺麗に輝いて見えた。
彼らを見つめる眼差しはまっすぐで、そのとき宮地はたいてい口をきゅっと結んでいた。
たまにそれをほどくと、一途な片思いと失恋の憂鬱が入り混じったため息を吐いた。
こちらまで恋焦がれるような気持ちにさせるものだった。
宮地は、恋を終えてからそれまで以上にどんどん魅力的な表情をするようになっていった。
一番とまではいかないが、それを割と近くで見つめていた私は何度も思った。
あなたがそうなるずっと前から、言いもしない思いを押し隠してきたのだと。

合宿に来たときのことだった。
一年の子たちが持ち込んだ花火で遊んでいると聞いて、監督とミーティング中の主将の代わりに私と宮地、木村が見回りに来たのだ。
夜空の下で子どものようにはしゃぐ彼らを見て、私たちは叱るでもなく混ざるでもなくぽかんとしていた。
そのときばかりは秀徳バスケ部部員ではなく、つい最近まで中学生だった等身大の高校生である彼らがいた。
何しろ、私たちに気づく人が居やしない。
一年生は若いなぁ、なんて三年生の身でしみじみと思っていると、宮地がぽつりと言った。

「…叱り役は監督に任せるか」
「え?」
「こいつらだって最終日まで地獄の合宿耐えてきたんだ。少しくらいならかまわねーだろ。ま、明日走って帰ることになってもオレは知らねえ」

見上げた先の宮地は特に優しい顔もしていなかったが、怒った顔もしていない。
どうでもよさそうに見えて、認められるべき努力はきっちり認めている。
彼の言葉に、木村も口出しする気をなくしたようだ。
そそくさと合宿所に戻っていくところを見ると、また何か差し入れをしてあげるのかもしれない。
この前のスイカ、大好評だったからなぁ。

「いい先輩しちゃってさ。どうなっても知らないから…、宮地?」

いつからか、私の声は届いていないようだった。
彼が見つめる先には、これでもかというくらい楽しそうに笑う高尾くんと、あの子。
手にした花火から花火へ、火をもらいあっては何かをひそひそと囁きあっている。
私は、高尾くんほど聡い人ならば宮地の恋心にだって気付いていると思っていた。
けれど、そうじゃないことはすぐに分かった。
高尾くんだって必死だったのだ。
一生懸命に恋をして、彼女一筋で、今めいっぱい幸せな彼は人並みの高校生。
気付けないことだってある。
だから、きっと宮地の気持ちを知っていて、わざわざ寄っていくのなんて私くらいだと思う。
すぐそばを、花火を手にしたまま数人が駆けていく。
危ないよ、と言えば私と隣の宮地を見てぎょっとした彼らは、すみませんでした!ときっちり謝り、逃げるようにいなくなってしまった。
それすら宮地は気にかけていない。

「…宮地、」

声を掛けるだけでは足りず、その服を軽く引っ張ってみても反応はやはりない。
花火の光がきらきら映りこむ宮地の瞳は、やっぱり綺麗だ。
その視線につられて高尾くんたちに目をやって、私は思わず「あ、」と声を出していた。
誰も見ていないと思ったのか、いっとう幸せそうに微笑んだ高尾くんが身を寄せて、あの子にキスをした。
宮地は目を逸らさなかった。
表情も変わらない。
相変わらず、綺麗な瞳は揺らぐことがない。
それを見て私はぐっと息が詰まった。
この感情を、何と呼べばいいのか。
誰より傷ついただろう大切な人の隣に立っていて、私はどうでもいいようなことしか言えなかった。

「…宮地、いいの?」
「何が。オレがとやかく言うことじゃねーだろ」
「でも、さ」
「お前、ちょっと黙ってろ。…いいんだ、アイツが幸せそうなら」

決して厳しい言い方ではなかった。
宮地の声は悲しみに満ちてもいなかった、けれど。
今までこらえていたのに涙が出そうになって、強く強く手を握る。
誰が一番泣きたい気持ちだか、分かっているのに。
私が宮地の気持ちをはじめて指摘したことにも、彼は何も言わない。
どうしてそんな、ぼんやりと穏やかで、まるで他人事みたいに綺麗な表情をしていられるんだろう。
この人が誰にも気付いてもらえないなんて不公平だ、と私は唇をかむ。

「オレは見てただけで、ろくに話したこともないし。あいつらお似合いって言われてんじゃん。まー不本意だけどな、オレもそう思う。気に入らねーけど」

ひとしきり話したあと、宮地は再び口を閉ざした。
宮地はずっと、二人を見たままだ。
何を思ってるんだろう。
どんな気持ちでいつも見ていたんだろう。
心の中で飽きるくらいくり返した疑問が、また声にはならず消えていく。
今は隣にいても、どこまでも遠くを見つめる宮地のことを呼びたくて仕方なくなった。
凛とした彼を思って、さびしい気持ちがこみ上げる。

「宮地」

私の声ひとつくらいでは、彼の思いは揺らがないと知っている。
こっちを見てほしいとか、私を好きになってくれたらとか、思わなかったはずがない。
でも、今はそんな余計な感情を全部投げ捨てて、ただこの声だけで宮地を呼んだ。
一生懸命、彼だけがここに立っているわけではないことに気付いてほしくて、名前を紡ぐ。

「…宮地」

どんなに思いをこめても、一番に優しい声で呼んでも、彼には届かないけれど。
失恋したって構わず一途な宮地が好きだ。
そんな綺麗な表情で好きな人を見られる人はいない。
涙がこぼれそうな瞳を隠しもしない、彼が大好きで。

「宮地」
「…なんだよ、」

ようやく返事が聞こえてきて、私はほっとした。
手を伸ばしたって届きもしない肩から上はあきらめた。
私が唯一手に取れる、宮地の手のひらをすくい取った。
驚いたように私を見る視線を感じながら、その指先に唇を押し当てた。
すぐに離れて、けれど手は軽く握ったまま見上げると、宮地が変な顔をした。

「…なに。何したの、お前」
「宮地を慰めようと思った」
「…は、バッカじゃね」

本当は告白みたいなものだったけれど。
宮地がふと笑って、泣きそうに目を細めたから私はどうでもよくなった。
好きで、好きで、だけど宮地がどこを見ていたって構わない。
私たちは不器用な片思いを続けるだけだ。
その行く末にいくらか報われるものがあったらいい、と宮地の手の熱を感じて思った。

20121210
身の丈に合った恋なんて出来ない
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