ホラー映画、というものを観ている。
なぜ天気も良くお出かけ日和で暖かい日差しが穏やかな休日のお昼間に、こんなものを観るはめに…と何度考えても答えは一つだ。

「十分で家に来い。じゃねーと明日轢く」

脅迫なのかツンデレじみたお誘いなのか分からないメールを宮地から受け取り、私は走った。
十分で着く距離じゃないんですけどね。
どんな用件かと玄関に出てきた彼を見れば、片手にB級ホラー映画のDVD。
予想よりは早く着いたと珍しく褒めてくれた宮地の言葉がなければ帰っていたと思う。
実際そんなことをする度胸はないけれど、言うだけなら何とでも。

「…宮地、これから何すんの」
「お前と映画観る」
「それだけ?」
「それだけってなんだよ。何が言いたい?あ?」
「すみませんでした。お付き合いさせていただきます」

威圧感を笑顔にこめる宮地に付き従って、お家に上がらせてもらった。
相変わらず広くて大きい。
彼がのびのびと、しかしきっちりと暮らしている様子が伝わってくる。
いつも目にする学ランではなくゆるめのシャツにスウェットから覗く裸足、一人暮らしの大学生みたいな格好をした宮地は普段よりちょっと年上に見える。
…やることは全てにおいて小学生並みだけど。
くるりと振り返ったので心の声が聞こえたかと焦ったが、極めてのんびりと彼が言う。

「しっかしお前よく来たよなー」
「あの、誰が呼んだと思ってるんですか?」
「同じメールをバスケ部の何人かにも送ったけど返信なし。つーわけであいつらは明日シメる」

いい笑顔から目を逸らしつつ、彼らならばこんな用事だろうと予想がついたのだと思う。
そうでなくとも、肝の座ったスタメン一年ズなら平気で無視を決め込みそうだ。
明日、学校に行ったら大坪や木村に愚痴を聞いてもらおう。
比較的常識人で温和な彼らは私の癒しだ。

「なんでホラーなの?」
「気まぐれ。さっき起きて、そうだホラー観よう。みたいな」
「そんな京都行こうと同じようなノリで…」

宮地の自室、ではなくオーディオルームに着いて、彼はためらいもなく片っ端からカーテンを閉めていく。
がっつり観る気だ、この人。
平和な昼の日差しが全部遮られたところで、既に不気味な薄暗い空間が出来上がる。

「なんか、いかにもって感じのやつが観たい気分だったんだよ。わかるだろ?」
「わかんないけどね。で、一人で観なかった理由は?」
「一人で休日にホラー映画だとオレがかわいそうな奴みたいじゃねーか」
「わかってたんなら実行しないでほしかったな」
「生意気」
「ちょ!頭割れる割れる!」

んな簡単に割れねーよ、と宮地は言うが彼に鷲掴みされると本気で頭がどうにかなりそうな気がする。
それでも私が抵抗できるあたり、加減はしてくれているようだ。
じんじんと痛む頭を押さえていると、宮地が飲み物やらお菓子やらを運んできている。
この休日が丸ごと潰れるだろうことを確信して、諦めて座り心地のいいソファーに腰掛けた。
それが数時間前の話。

「さすがB級。評価に違わぬクソっぷり」

なんで隣の男は笑ってホラー映画を観ていられるのか。
私が思わずびくっと肩を揺らすド派手な効果音にも、宮地は「うるせえなぁ」と眉をしかめるくらいしか反応しない。
たまに馬鹿にしたように笑うものの、基本はぼんやりと無表情で、何が楽しくて観ているのか分からない。
私はといえば、ろくに身動きもせず、必死で意識を隣の宮地に逸らしている。
洋モノは突然の爆音やカメラアングルに多少驚く程度だからまだいい。
しかも何作も観たからだんだん驚かすタイミングが予測できるようになった。嬉しくない。
問題はたまに混ざる日本の映画で、忍び寄ってくるような何とも言えない不気味さと恐怖を繰り返し味わっているうちに本当に気分が悪くなってきた。

「おい」
「……なに」
「お前が幽霊みたいなんだけど」
「ほっといて」

宮地の声にすら多少びっくりしたのを押し隠し、私は抱えた膝に額を乗せる。
正直もうギブアップです。
沈鬱なエンドロールを途中で消し、宮地がため息を吐いて電気をつけた。
顔を上げると、久しぶりの明るさに目がちかちかした。
あたりを見渡した宮地があくび混じりにぼやく。

「はー、つまんね。ジュース飽きたから水取ってくる」
「え」
「…なに、」

不思議そうにこちらを見る宮地に、自分でも何が言いたいのか分からなかった。
何度も悩んだ末に、絞り出すようにした声は情けなかった。
人間は極限状態に追い込まれると、シンプルかつ訳の分からない本音を言ってしまうものだ、と自分を慰める。

「ま、待って、宮地。置いていかないで…」

立ち上がりかけた彼の手を握りしめてしまった自分の度胸を褒めてやりたい。
一瞬ぽかんとした彼は次に格好良く笑い、彼の格好良い笑顔とはつまり、意地悪なことを考えている顔なのだ。
私の手をぱっと引き剥がして、かがんだ彼がほっぺをつねってきた。
離れていかないことに内心ほっとしたとは言えない。

「なぁーにが置いていかないで、だよ。気色悪いっての」
「う、…いたい」
「痛くしてんだよ」

そもそもは宮地が悪いのだ。
私が逆らえないからって、何でもわがままを言い過ぎる。
ホラー映画なんてそこらにいる女の子をいくらでも誘えるはずじゃないか。
どれも口には出せず、大人しく頬を引っ張られるままでいると、私のもやもやした心境に宮地が追い討ちをかける。

「置いていかないでってどういう意味だよ」
「…別に」
「ほら、オレにどうしてほしいわけ?言ってみ?」
「〜っ、痛いってば!あっち行って!」
「おー、そうするわ」

宮地がそばにいて安心したはずなのに、あまりに面白がっている様子に腹が立ってきて、追い払うような口振りをしてしまってから、後悔した。
にやにやした彼はちょっと立ち止まってから何も言わない私を見て、ふふんと笑ってリビングまで水を飲みに行ってしまった。
嫌だ宮地戻ってきて!という叫びは無駄な強がりにかき消され、私は近くにあったクッションに顔を埋めた。
宮地のばか。どえすめ。


「可愛かったから、後でちょっとだけ優しくしてやらなくも…ない」

部屋の外で扉に寄りかかった宮地が、熱そうな顔を手のひらで隠しながら呟いたそれは、もちろん私には聞こえてこない。

20121204
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