監督や大坪から特に用事を言い渡されないかぎり、大会の試合会場をふらふらと出歩くようになったのはいつからだったか。
本気で思い出そうとすれば容易く理由を探り当ててしまう、そのくらいの自覚はしていた。
オレがあいつを見つけてから、試合相手の奴らの一人のそばで笑っていた姿を見たときから、だ。
あちこち歩いて回るのはもちろん期待をしているからで、一目姿を見れないか、あわよくば話をできないかと考える下心。
正直、自分がこんなにバカな人間だと思ってなかった。
発想もそうだが、恋人のいる相手にそんなことを考えてしまうなんて。

「わ、っぷ。すみません…あれ」
「……よお」

角を曲がったときに、腹あたりへ小さな衝撃。
そもそも期待させるこいつも悪いと思う。
互いに会場内をふらつくからなのか、驚くほど彼女との遭遇率は高かった。
相手の落とし物を拾ったり、その逆もあったり、運命なんて臭い言葉は信じちゃいないが妙に縁があるとは思う。
ちっこい身で190越えの男にぶつかった名残か、額を軽くさすりながら、探していた瞳がオレを見上げた。

「やけに背の高い人だと思ったら、宮地さん。こんにちは」
「…オレのこと覚えてんの」
「どうしてそれ、毎回訊くんですか。宮地さんみたいな人は一度見たら忘れませんよ」

それってどういう意味で、と今にも問い質したい気持ちをぐっと押さえた。
語尾をのんびり伸ばすように、人好きのする笑顔で彼女が言うのを聞くと、訳も分からず気持ちが急く。
どうにかしてこいつを引き留められないか、彼氏の元へ行くのを阻止できないか、と浅はかに考えてしまう。
幸い、こいつはいつだって急いでいなかった。
オレと会話をする気でいてくれることがなんだか無性にくすぐったくて、伸ばした手のひらで彼女の頭をぽんとやった。
つい手つきが乱暴になってしまうのは色々と誤魔化したいからであって、仕方ないことだと思う。

「チビの割には礼儀わきまえてんな。お前二年だっけ?うちの一年どもに見習ってほしいぜ」
「別に普通かと…それより、宮地さんと比べたらだいたいの人は小さいんですからね」
「なんかお前は、チビって感じなんだよ」
「…宮地さんの考えがよく分かりません」

彼女の名前だけなら、彼氏が言ってるのを聞いたから知っていた。
それでもオレが呼べるわけがないから、こんな茶化すような呼び方しかできない。
学校も違う、年齢も違う、年に数回だけ会場で少し話すくらいで、接点なんて皆無に等しい。
オレは一応、対戦校の選手として彼女に名前が知られているけれど。
宮地さん、と他の誰でもないこいつが言うと、じんわり胸が熱くなる。
柄にもなく喜んでいるんだ、自分は。
素直に頭をつかまれたままでいるのは、彼氏に撫でられることに慣れているからかと思い当たって、すぐに浮かれた気持ちは沈んだ。

「なあチビ、今年の陽泉はどんな感じなんだよ」
「もしかして、スタメンである宮地さん自らが偵察ですか?うちも評価されてますね!」
「自惚れんなー。負けねえし」
「陽泉だって、負けません」

なぜ選手自身でもないのに言い切れるのか、それはこいつが陽泉バスケ部を長いこと見守ってきた証拠だろう。
彼氏の遠征にちょこちょこと、どこにでもくっついていく奴。
彼氏が勝てば、観客席で人目もはばからず飛び上がって喜ぶ奴。
そんな様子が微笑ましくて、なんだあいつって無意識に緩んだ顔で彼女を見ていることに気付いたときはもう手遅れで。
すぐに試合後の福井に駆け寄る姿ですら、可愛くてしょうがなかったんだ。
いつだって声を弾ませるのは、彼氏のことか自分の学校のことばっかりで。
分かってはいても、こんな奴が隣にいたらいいのにと思わずにはいられない。

「言うじゃん。お前のとこもキセキ獲得だろ?こりゃあ負かすのが楽しみだな」
「うちはダブルエースですから。紫原くんも氷室くんもすごいんです」
「へえ、覚えとくわ」
「福井先輩も、本当に頑張ってた。だからきっと大丈夫」
「……」

チクリ、と自覚したくもない痛みが胸をつく。
いくら信頼をしていても、試合に怪我や故障の心配がないわけじゃない。
彼氏をいたわって震える声も、自分に言い聞かせるような決意の瞳も、オレのものにはならない。
すぐに平気そうに笑ってみせる姿に、あの男は気付いてやっているんだろうか。
きっと、悔しいくらいオレの知らない彼女を知ってるに決まってる。

「宮地さん?」
「は、生意気だっつの」
「いたっ。…何するんですか、もう」
「すげームカつく奴だっているけど、秀徳だって負けてねえ。ナメんなよ」

軽く額を指先で突いてやると、面白いほどに仰け反った。
会話に引き戻されてほっとしたような腑抜けた笑みは、オレがさせた表情だと自惚れたい。
そこで彼女が名前を呼ばれてふと振り返った。
タイミングがいいのか悪いのか、少し遠くで彼氏が呼んでいる。

「試合、楽しみにしてます」
「こっちこそ」
「それじゃあ宮地さん、また」

また、なんて言ってもう会わなかったらどうするんだろうか。
けれど彼女の言葉のおかげで次も会える気がする。
彼女が駆け寄っていく先には、去年と変わらずあいつがいて、少し唇を噛んだ。
きっと福井は嫉妬すらしていない。
オレがあいつに好意を抱いているかも、なんて思いはしない。
たまたま行きあった他校の男とちょっと話していただけ、その程度にしか考えていないだろう余裕が腹立つ。
こんな心の狭いオレなんかより、あいつの方が彼女にお似合いだとは分かりきっている。
でも、自惚れてもいいだろうか。
彼女にきちんと覚えられていることを。
あいつみたいに「先輩」じゃなくて「宮地さん」と気安く呼ばれていることを、喜んだっていいじゃないか。

「くそ、なんで遠距離の片思いなんてしなきゃいけねーんだよ」

そう憎まれ口を叩いてみても、あいつの後ろ姿を見つめる自分の表情はいっとう穏やかに違いない。
横恋慕だって何だってしてやるよ。
今日も世界は厳しいが、好きなもんは好きなんだから。

20121122
負かしてやるから待ってろ
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