ふらつく足元と非現実的にくらくら霞む視界の中で、やけに胸が重たいなと思った。
見下ろしてみれば、私の胸をずっくりと鈍く光る鋏が刺し貫いていて、その光景に思わず悲鳴を上げそうになるも、痛みがないのだと気付く。
まるで土かスポンジを相手にしたように、鋏は深くたやすくとめどなく突き刺さっていて、びくともしないのだった。
いくら痛みを感じないとはいえ、引き抜くどころかうかつに触れもしない私は所在なく視線をさまよわせた。
顔を上げた先に一人、男の子がいて目を見張る。
いつものようにひたすら静かで美しい、無表情の横顔のままで、彼が手のひらに載せているのは、私のものと思しき心、臓で。
困惑と驚愕をこめてそれを見つめていると、視線に気付いた彼がこちらを向く。
その唇に薄く微笑みを浮かべて何事か呟いたはずなのに、音として聞き取れない。
私はただ、胸の内からぼたぼたと流れ落ちる血液と彼の笑みを交互に見つめることしかできなかった。

どくん、と。
強く脈打った鼓動に意識が揺さぶられるようにして目が覚めた。
直前まで全力疾走していたような、何か恐ろしいものを見たような心持ちだった。
呼吸は乱れていて、制服の下にはうっすら冷や汗がにじんでいる。
あまりにも克明に残っている映像に私は頭を振るった。
どうしてあんなにも意味の分からない、おぞましい夢を見てしまったのか。

「目が覚めたか?」

よく通る声が聞こえた途端、ぎくりと身を固くしてしまう。
持ち上げた視線の先には赤司くんがいた。
ここはバスケ部の部室で、私は部誌を書くという彼と帰るためにここで待たせてもらっていたのだと思い出した。
何も怖いことはない、彼はいつもの赤司くんだ。
一つだってひどいことはされていないし、あれは私が勝手に見たものだと分かっていても、なんとなく赤司くんに近付けずにいた。
顔色も悪いだろうし、何も言えずにいる私の様子からどれほどを読み取ったのか、赤司くんは先ほどの非現実の中と同じようにやわらかく笑った。

「いい夢は見られたかい」

もう書き終えているのか、閉じた部誌に手のひらを置いて、彼が私に向かうよう座り直した。
それまで見えていなかったもう片方の手のひらにあるものを見て、目を見開いた。
かつて彼が私の心臓を載せていた手のひらには、何度も放り投げて弄んでいる将棋の駒が、ひとつ。
そのときに私は諦めのような震えのような感情から、ああ捕らえられてしまった、と漠然と感じていた。

20121118
ほら、もう逃げられないね?
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