自分の性格がどんなものかは、自身が一番よく分かっているつもりだ。 そうして渡される役割も。 気安く話せる間柄、というものを人は案外求めているらしい。 オレと付き合いのある奴らは男女問わずたいがいがそんな感じだったし、だからという訳でもないが、オレだって相手の望むようなそこそこの関係ばかり保っていた。 要望に応えたんじゃない、自分だってそれが楽だったから。 必然と友人関係や恋の相談もされることが多くて、またオレもそういう問題に対処するのが上手くて、よく解決してやった。 解決のあとも定期的に関係をこじらせる奴を見て、こいつら面倒くせえなって思わないこともなかったけど。 適材適所ってヤツ? とりあえず現状には満足してた。はずだった。 「うーん…」 「おーい、早く行かないと真ちゃん帰っちまうぞ」 「わかってる、わかってるんだけどちょっと待って」 目の前で真剣にためらっている相手を、見つめた。 机を挟んで向かい合ってるそいつはふわふわ可愛い女の子で、そして、そいつは緑間が好きだった。 始めは何だったか。 高尾と一緒にバスケしてる人かっこいいよね、と言われたのはずいぶん前だったと思う。 最初はこいつ正気か、と本気で疑ったが、それが後に申し訳なくなるほどこいつは真面目に、緑間を好きになった。 体育館に通うとこから始めて、だんだんと会話が成立するようになって、緑間がこいつを話題に出すようになった頃には完全に後に引けなくなっていた。 そうなるずっと前から、当たり前のように彼女の相談を受けていた。 緑間くんは何が好きかな。 苦手なものとか、あるのかな。 すごく頭良さそうだよね。 私とは全然ちがうなぁ。 そんなことを延々と、それも楽しそうに話す彼女を見ながら、人はこんなに愛らしい表情をするのかと考えた。 彼女の恋が高まるほどにオレは信用されていって、悪くないはずなのにどこかもやもやとして気持ち悪かった。 不安そうな顔も照れた顔も、時には泣きそうな顔だって見てきたのに、一番近くにいるはずのオレは彼女の一番ではなかった。 ただ漠然と、不条理だ、と思った。 彼女が投げかける言葉や思いがすべてオレをすり抜けていった。 その行き着く先は、言うまでもない。 「ホントお前めんどくさいわー。いい加減告白するんだろ」 「そ、そうだよ!これから言いに行くん、だから…」 あーあー、と言葉にしないで呟く。 真っ青な顔で言いよどむ姿から緊張がありありと読み取れる。 そんな表情じゃなくて、いつもの笑顔してみろって。 そしたら緑間の奴もイチコロだからさ。 どうせあいつもお前好きだし。 全部口には出さないで、頭の中で繰り返す。 言葉にした途端にきっとそれは嘘臭くなって、この汚い感情までも溶け出してしまう気がした。 こいつはなんでこうも、一生懸命でいられるのだろう。 たった一人の相手に誠実を貫けるのだろう。 今までオレに相談してきた奴らの中に、そんな人間はいなかった。 唯一の女の子に愛された緑間は本当に幸せな奴だ。 「高尾、もう一度大丈夫って言って」 「はあ?オレが今朝からどんだけお前に大丈夫って言ったと思って…」 「いいじゃん、高尾にそう言ってもらえると安心するの!」 お願いだから、なんて言って、そんな懇願するみたいな目をして。 何もかもオレに委ねるような顔をしていても、こいつはオレを好きになったりはしない。 そういうことを自虐みたいに、いちいち自覚するようになったのは割と最近のことだった。 気付くのがずいぶんと遅かった。 一番始めは、オレだって素直にこいつを応援していられたのに。 「あー、はいはい。わかったよ」 「うわあ、投げやりだなぁ」 「ちゃんと言うから!ぜーったい大丈夫だって。上手くいく、オレが保証する」 「いつも思うんだけど、その自信はどこからくるの?」 「んー、男のカンってやつかな」 「やっぱり適当じゃん!」 ふざけた受け答えをすれば、予想した通り彼女が笑い出した。 その姿にもう先ほどのような緊張は見られない。 オレに分からないことなんてないんだ。ずっと見てきた彼女に関しては。 「っと、そろそろマジで時間やばいんじゃねーの?」 「うわ、ホントだ!」 「ほら行ってこい!待っててやっからさ。いい結果期待してるぜ〜」 「…うん。高尾」 「ん?」 「ありがとう!」 晴れやかな笑顔を浮かべた彼女は、決心した様子で勢いよく席を立った。 その張りきった姿にはつい笑ってしまった。 安心しろよ、お前の未来は明るい。 また口には出さないで呟く。 彼女は礼を言ったきり、そのままこちらを振り返らず教室を出て行った。 懸命な女の子が一人、実るだろう恋に向かって走っていく。 手でひさしを作るようにして、目を細めて彼女の後ろ姿を見送った。 「…きらきらしてんなぁ」 廊下の角を曲がった彼女が見えなくなった途端、体から力が抜けて机に突っ伏した。 恋、だったのかもしれない。 あいつが緑間を好きになるずっと前から、長いこと友人の仲だったからいまいち分からなかった。 ただ当たり前に近くにいると思っていた。 何が正解だったのか。 彼女が楽しそうに緑間の話をするのに、もう聞きたくないと叫べばよかった? 何事かを嘯いて、緑間の気持ちをあいつに向かないように仕向ければよかった? そんなこと言ったって、別に彼女が緑間を好きになる以前から彼女を好きだった訳でもないのだから、オレは緑間に対抗する術もない。 自覚したのがあまりに遅かったオレにできることはなかった、と思うしかない。 優先されるべきは必死に努力をしてきた彼女だった。 あいつがフラれたらいいのに、なんてことも思わない。 これが一番良かったはずだ。 オレが誰かに対して出来ることなんて、いつもこの程度だったと思い知ってしまったから。 最後まであいつにはいいヤツだと思われていたい。 それだけがオレの願い。 20121114 ゆっくりと背中を押す。頼むから振り返らないでくれ |