ひんやりとした空気を持つ人だ、なんて触れたこともない時分に思ったことがある。
存在感がないとか薄いとか、周りと同じように言ってしまうのは簡単だった。
けれど、そのとき既に彼を気に掛けていた私は、他の人が気付かない彼の一面を自分なりに言い表したいと、個人的な感想を打ち出してしまっていたのだ。

「名字さん」
「なあに、黒子くん」
「いつまでこうしているつもりなんですか?」

私が真正面から覗き込んでいる黒子くんが何の感情も乗せずに話す。
先ほどからその頬を両手で包んでぎゅっと力を込めているので、少しくらい戸惑うかと思ったのだけれど。
別に困らせたい訳ではなくて、何となく「したいなぁ」と感じたことを実行に移しているだけだ。
私の手のひらのせいで膨れっ面のようにも見える黒子くんは、持っていた文庫本を読むのを諦めたようだった。

「嫌だったらやめるよ?」
「そういうことではなくて…」

言葉を探すように、黒子くんの大きな瞳がぱちぱち瞬いた。
ひんやりとした空気、なんて言ってみたものの、きちんと触れてみた黒子くんにはしっかり温度があった。
私より少し低めの体温に感じたけれど、流石にひんやりなんてことはない。
何度も考えて何度も確かめたことだったのに、黒子くんが息をしていて、一人の男の子であることを不思議に思ってしまうのだった。
まるで切り取ったように、彼の佇まいが落ち着いていて静かだからだろうか。
軽く伏せられていた視線が再び持ち上がり、私を見た。

「ボクの記憶が正しければ、同じクラスといえども名字さんとは数えるほどしか話したことがありませんよね」
「そうだね」
「あっさり肯定されると、さすがに困ります」

何の断りもなく、ろくに会話も交わしたことがない仲なのに、いきなり頬をぎゅっとやったから驚いたのだろう。
その割に彼は落ち着いていて、読みかけの本を閉じて黙ってこちらを見つめただけだったから、分からなかった。
よくよく見れば、わずかに眉を寄せる黒子くんは困惑しているようにも見えた。
ただ、嫌がっているというほどではない。

「黒子くんのほっぺは柔らかいね」
「はあ…」

むにむにと手を動かせば、されるがままの彼はいよいよ微妙な声でぼやいた。
対処に困っている、という風だ。
私は彼に対してだけ、こうなのではない。
不思議なことだけれど、今まで好きなように生きてきて好きなように人と関わってきて、多少鬱陶しがられたことはあっても強い拒絶をされたことは未だになかった。
だから自然と、黒子くんにこうしても怒られないような予感があった。
それは的中していたと思う。

「何をしたいのか、訊いてもいいですか」
「したいから、したんだけど」

率直に伝えれば、黒子くんがますます複雑そうな表情になる。
どうにか理解をしようと心がけてくれているみたいなので、私も言葉を探した。

「ええと、こうしてたら黒子くんはどこにも行かないから」
「見失ってしまうということですか?」
「少し違う。そうでなくても黒子くんって、放っといたらどっか行っちゃいそうじゃない」
「ボクはどこかに行ってしまいそうに見えますか」
「うん」
「…それは名字さんの気のせいですよ」

存在感の話をしている訳ではないことは分かってもらえたようだ。
ひんやりとして、静かに危うげな人。
彼の頬に手を当てながら、そんな風に思った。
気のせいだと言い切って、しかし黒子くんは何かを考え込むように口を閉じた。
私の言葉が彼の何かに触れたならば嬉しい。
そっと手を離すと、視線で追うように彼が顔を上げた。
彼の手が机に本を置いたのを見ておや、と思う。

「名字さんはボクを何だと思いますか?」
「何って、黒子くんでしょ」
「じゃあ、なんであんなことをするんですか。誰にだってする訳じゃないでしょう」
「うん、誰にでもはしないよ。私が気に入った人にだけ」

手のひらにはまだじんわりと黒子くんの温度と感触が残っている。
その手をひらひら振ってみせると、黒子くんはしばらく目を見開いて、ふ、と小さく息を吐き出した。
笑ったようにも見えた。

「名字さん、よく変な人って言われるでしょう」
「そんなことないよ。これでも友人は多いの」
「はい、知ってます。アナタが人気者ということは」

静かに落とされた言葉は楽しそうにも悲しそうにも聞こえた。
人気者、とは少し大げさだ。
ただ黒子くんがそう言うので、わざわざ否定はしない。

「ほとんど話したことないのに、知ってるの?」
「アナタみたいにつかず離れず、距離を詰めてくる人は珍しいので」
「じゃあ私が見てたのって」
「バレてますよ」

本当は気付いてたんだ、と言おうとしたのだけれど。
生まれてこの方、好意や関心を人に対して包み隠したことはないからだ。
気付いていないか、知っていて知らないフリのどちらかだと思っていた。

「でも、今日は一気に近付いてこられたので驚きました」
「だから、驚いてるように見えなかったよ。黒子くん」
「そうですね。あの、名字さん」
「なあに?」

彼に呼ばれた名に、続くだろう言葉を待ち受けた。
今度の黒子くんは、確かに笑っていた。
優しく口元を緩めた笑い方で。

「…いえ、何でもありません」



(見つけてくれてありがとう)


20121023
帝光黒子
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