秋田の冬は、それはもう笑えないくらい寒いのだ。 私は地元生まれの地元育ちだというのにとても寒がりで、秋が過ぎたあたりから憂鬱になるのが常だった。 ところで、我が校は全国の中でも強豪の名を持つらしく、バスケ部は冬だっていつだってお構いなく朝練をしている。 信じられないことだが、彼らは毎日汗だくになる練習量をこなしてから授業に参加して、放課後もまた部活をする。 私が気にしたのはその労力よりも、暑いと感じるほど動くなんて羨ましいという点だった。 毎日のように寒い寒いと呻く私がいる教室に、暑い暑いと叫びながらバスケ部員がやって来るから、それをやっかんでいたのだ。 「福井あったかい」 「おい、オレさっきすげー汗かいたんだけど。離れろよ」 「いい。福井の匂い好きだし」 「ふーん」 だからある日の朝、バスケの練習を終えて暑そうに教室に入ってくるクラスメイトの福井にひっついた。 勝手にすれば、そんな一言もなかった。 福井は少し不思議そうに見てきただけで、私の好きにさせておいた。 それ以来、部活上がりの福井を見るたびに私は自分から近寄っていって、くっついた。 寒いから、本人に止められなかったから、それは理由になっていないかもしれない。 けれど私にとっては暖を取ることが必要不可欠だったし、始業前の教室にストーブはつけてもらえない。 それでいて、福井は何も言わなかった。 だから一年生から三年生の今まで、冬はずっと福井にひっつく習慣が続いている。 すると、私たちを見た友人からこう言われる。 「二人は付き合ってるの?」 「いや、まさか。そんなことはないよね、福井」 「ああ、違うけど」 声を揃えて、こう返す。 私たちの間には何もなかった。 だから福井は、 冬期限定少年。 夏の朝練はとにかく暑い。 早朝だから、という理由で監督は体育館に冷房を入れないし、その中で走り回ればそりゃあ汗だくにもなる。 こんな地元で生まれ育ったせいか、オレは夏が苦手で、極度の暑がりだった。 だからバテてバテてしょうがない。 この時期は練習が終わるなり真っ先に涼しい教室に向かう。 ウチの学校は冬の暖房をケチろうが、夏の冷房はなぜか惜しまない。 普通は逆だろうが(なんたって東北だ)、オレにとっては有り難い。 制服の襟を引っ張って空気を通しながら教室に入って、ちっこい後ろ姿目掛けて歩いていく。 手を伸ばして、冷たいそいつを逃げられないよう勢いよく捕まえた。 「おりゃっ」 「う。福井、暑い…」 「そりゃこっちの台詞だっつうの。人が汗流して練習してる中涼んでんだから、少しくらい我慢しろ」 「福井は冬だけでいい…」 「あ?今なんつった?」 「何でもない」 むっすりと観念したように口を閉じてしまったが、これくらいはオレにも許されるはずだ。 なんたって冬の間は、冷え冷えとして死んでしまいそうなこいつをあっためてやってるんだから。 くっついた身体は空調の風に晒され続けて冷たいから、オレの身体はさぞかし熱く思うだろう。 しかし表面上は暑かろうが、結局は冷え症のこいつの為にもなるだろうと勝手に結論付けて手は離さない。 どこかしこの肌も氷みたいで気持ちいいこいつにひっついていると、決まってうるさいクラスメイト共が騒ぐ。 「お前ら朝から仲いいよなー」 「いちゃついてんじゃねーよ!福井!」 「バカか、付き合ってねえっつうの。な、名字」 「そうだよ、付き合ってないよ」 口を揃えて、こう返す。 ほらな、何もないんだって。 だからこいつは、 夏期限定少女。 秋だからという訳でもないけれど、読書をしている。 本は好きだ。 もっと言うなら、近々映画が公開されるという作品を、上映に先立って読んでから観にいくのが好きだった。 二重か、それ以上に作品を楽しめる気がするから。 この前福井にそう話したら、「本か映画か、どっちかでよくね?」と言われた。 なんとなく、福井ならそう言うと思った。 「はー、あっちー」 噂をすれば、でもないけれど後方のドアが開く音がして、聞き慣れた声がぼやく。 福井が朝練から戻ってきたんだろう。 私たちはくっついたりくっつかれたりする仲だけれど、それ以外は一緒に居ることはない。 彼氏でも彼女でもないのだと、未だに周りへ否定するのに変わりはなかった。 そのままページを目で追っていると、軽やかな、しかし男の子のしっかりした足取りが私の背後で止まる。 するりと回ってきた腕が肩あたりを捕まえて、すぐ真上で福井が言った。 「なに読んでんの」 大して興味もないだろうに、頭上から覗き込んでくる感じが伝わってきた。 背中からじわりとした熱が滲んでくる。 練習上がりの福井の肌は決まって熱い。 「ねえ、福井」 「ん」 「今日は冷房してないよ。私にくっついても涼しくないと思うけど」 福井はちょっと考え込んでから、「それもそうだな」と譫言のように言った。 まだ、熱を含んだ腕は離れない。 理由を探すかのような間があって、思いついたと福井が付け足した。 「でもお前冷え性だろ。平気?」 「平気だよ」 福井は私をじっと見たあと、短く「そうか」と呟いてぱっと離れた。 そのまま自分の席へ歩いていってしまう。 最近の福井は時々、上の空だった。 時期はずれなのに当たり前みたくひっついてきて、私に言われると思い出したように離れていく。 そのときの福井が、ぼんやりと悩んでいるような、言うことを聞かされた犬のような顔をするから、私はしばらく気にしていたのだ。 次の日も、福井は教室に来るなり私にくっついた。 やはり本人は気にしていないようで、今日の練習中で主将の岡村くんや後輩たちがどうのこうのと、楽しそうに話している。 相変わらずその腕が私を離さないのが不思議で、昨日と同じことを言おうか迷った。 迷っているうちに、福井の友達がこっちに話し掛けてきた。 「お前らホント仲いいよな。付き合ってんだろ」 またお決まりの冷やかしだった。 答えは同じなのに、何度も言われるのはどうしてだろう。 福井がまた「違う」と言うだろうから、それに適当に頷けばいい。 そう思っていたら、少し間を置いてからはっきりした声で福井が言った。 「ああ、付き合ってるよ」 「だよなー。って、え?」 福井の友達が思わず頓狂な声を上げた。 私も「え?」という言葉が出ないまま、背後の福井を見上げた。 至って真面目な横顔に驚いていると、肩に回った腕がぎゅっと強まった。 まるで意地を張った子供のような力加減。 これは、違う。 暖を取るとか涼みたいとか、そういう理由で「くっついていた」今までとは。 福井は私を、抱きしめている。 「福井、なんで…」 「名字、オレのこと嫌いか」 「唐突に、何」 「答えろよ」 「…嫌いじゃない」 「ん、よし」 じゃあ今の言葉取り消さないかんな、と、まるで年下にするみたいに、福井が私をぐりぐり撫でた。 これも今までにないことだった。 何か言おうとして、けれど福井がすごく優しい目で私を見るのに気がついて、やっぱり何も言えなかった。 いつから、こんな顔してたんだろう。 「オレはお前好き」 「と、唐突」 「わりぃか。夏も冬も関係なく、理由なんかなくたって、お前にくっついていたいんだよ」 正面からぎゅっと抱きしめられて、物理的にも私は声が出せなくなった。 くっつき始めてから二回目の秋、ようやく私たちの関係に名前が出来た。 20121014 限定から特定へ |