「わ、それどうしたの」


大して驚いた素振りも見せないリーオの視線から何となく頬を隠してしまう。
そんなに目立たないし手加減はしてくれたものの、相手は必死だったのだ。
私の頬には確かに赤い跡が残って見えることだろう。


「エリオットに」

「エリオット?彼に?」

「構いすぎたら叩かれちゃって」

「君のことだから所構わず抱きついたりしてたんじゃないの?」

「あたり。ふふ」


照れが焦りへ、そして怒りへ、分かりやすく変化した彼の表情はぱしん、という乾いた音に驚きで停止した。
無意識、だったのだと思う。
とっさに働いた防衛反応。
体裁も理性も矜持も捨てられやしない彼にとっては至極当然の行為だ。
じんとした痛みに私だって驚きはしたものの、エリオットのことを多少は理解していると思いたい。
彼を責めるような私ではないのに、エリオットは確かに瞳に後悔と謝罪の色を浮かばせていた。
かといって、彼は素直に謝れる人柄でもなく。
逃げるように去ってしまった彼に置いていかれて、取り残された私がここに居るだけ。


「痛い?」

「いや、全然。エリオットはまったく優しいね、思わずの行為に加減してくれたんだから」

「ちがうよ、僕が言っているのは肉体的なものじゃなくて」


私の隣でふんわり微笑んでいるリーオの表情には気遣いも同情もなかった。
そのことに安堵する。
私は気分が落ちている時に優しくされたくない性分だから。
むしろ私の望む態度を取ってくれるあたりリーオは優しいのだけれど、今はその冷めたような口調に甘えておく。


「君がそんなに落ち込むなんて珍しいね」

「わかるんだ?」

「わかるよ。いつもの傍若無人で我が道を行く強気がまったく感じられないから」

「ひどい言われようだなぁ」

「笑うのやめたら?変な顔」

「まあそう言わないで。私のなけなしの虚勢を取り払って何が楽しいの、リーオ」

「そのくらい大人しい姿を見せればエリオットだって素直になりやすいのに、って言ってるんだよ」

「やだ」


こんな姿を見せたくはない。
出来るなら自分の奥へ奥へ閉じ込めて、誰にも見せたくないくらいだ。
弱音を吐くなんて行為は私という人間には必要ない。
私はわがままで勝手で、いつもエリオットを振り回して困らせるような奴で、…そうでなければ私ではない。
そう思っている。
リーオ曰わくそれは私の思い込みらしいのだが、自分では違うと信じている。
私の信じる私であって、満足しているならいいじゃないか。
わざわざ弱い面を出さなくても。


「君って本当にめんどくさい子だよね」

「お褒めにあずかり光栄です」

「つっこまないよ?そんなだから可愛げがないと思われるのさ」

「別にいいよ」

「エリオットは、君が強い人で落ち込むことのない女の子だと思ってるかも」

「そんなに鈍くないよ。エリオットは聡い人だから」

「うん、僕もそう思う」


エリオットは薄々私のくだらない本質に気付いている。
受け身になりたくない。
女だからといって、こと恋愛においてのみ自分を相手に委ねるなんて打算的じゃないか、と思ってしまう。
それを分かっていて、尚もリーオは弱い面を出してしまえと唆す。
指摘はしてこないけれど、私の見栄っ張りが露見してしまう日も遠くはないかもしれない。
本当はそんなの怖い。
深い深いところの弱々しい私を見てエリオットは呆れてしまわないか、嫌になってしまわないか、そんな不安が渦巻く。
踏み出さないエリオットとひた隠しにする私と、リーオはどっちも面倒でもどかしいと思っているに違いない。


「後でうじうじするくらいなら嫌がることをしなければいいのに」

「うん」

「嫌われるのはいやなんでしょ?」

「うん」

「過度なスキンシップをやめればいいよ」

「…やだ」

「どうして」

「エリオットは素敵だもの。触れたくなったっていいじゃない」

「また君は、彼が聞いたら赤面しそうなことを…」


ふう、なんて溜め息が聞こえてきた。
ちらと見やるとリーオはにこりと笑い返してくる。
正直なのか優しいのか分からない。
多分、どちらも正解だ。


「元気を出しなよ。いろいろ取っ払ってしまえば、君はエリオットが好きで好きで仕方ないだけの普通の女の子なんだからさ」

「…リーオこそ、そういうの簡単に言わない方がいいと思うよ」


はは、と軽く笑ったリーオから顔を背ける。
私の照れは、そう、考えていることを他人にばっちり当てられてしまった時の感覚に似ている。
分かられて悔しいような、分かってくれて嬉しいような、複雑でしょうがない。


「ほら名前、素直になる第一歩として今の顔を僕に見せてごらんよ」

「やだ、絶対にいや」

「さっきからやだやだって、君は子供みたいだね」


リーオは完全に面白がっているらしい。
そんなに私の照れた顔は珍しいのだろうか。
意地になって抱えた膝に顔を埋めて隠していると、不意に後ろの茂みが鳴った。
ぐいと強めに、けれど優しさも忘れない手つきが私の肩を引いた。
思わず顔を上げてしまう。


「…エリオット」

「おいリーオ、あんまりこいつをいじめんな」

「僕は良かれと思ってやったんだけど?」

「…まあ、感謝はしておく」


ぼそりと小さく呟かれたそれにリーオが満足そうに頷いた。
無防備すぎた自分の表情に気付いて取り繕う前に、エリオットが再び視線を私へ戻した。
目が合って、先ほどとは比べものにならないくらい顔が火照ってくる。
声も出せないでいる私に対して、エリオットは緩く息を吐き出した。


「こいつの表情をここまで引き出してくれたからな、リーオは」

「エリオットは不器用極まりないし、話術なんてないに等しいもんね」

「うっせぇな!ああもう…来い、名前!」


ぱっと振り向いて私の手を引くエリオットに逆らえるはずもなく、後ろを見やればリーオが楽しそうに手を振っていた。
他人事もいいところだ。
学校の庭から少し離れて人気のない裏の方へ行き着く、その前にエリオットは足を止めた。
いきなりだったので私は彼の背中へぶつかってしまう。
けれど私は謝りもせず離れもせず、そのまま腕を回してエリオットにしがみついてみた。
彼もまた何も言わず、嫌がる素振りもしなかった。
ただ静かに、私はその背中に頬を寄せる。


「待て、やめろ」

「…珍しく嫌がられないと思ったのに」

「おまえは恥ずかしいことを沢山するし、沢山言うからな。オレが応えたいと思っても、何もする余地がないくらいに」

「やっぱり迷惑だった?」

「…違う。こっちの方がいいって、それだけだ」


やんわりと手をほどかれて、こちらへ向き直ったエリオットにぎゅっと抱きしめられた。
感動で頭が変になりそうだった。
あのエリオットが、という気持ちが大きくて、私は素直に嬉しいとか照れくさいという思いを受け止められないでいる。
ほんの少し、熱を含んだような声が降ってきた。


「…頬、悪かった」

「ううん、別に痛くなかったし。いいよ」

「そういう問題じゃねえ」

「顔が赤い、エリオット」

「それはお前の方だろ」

「そんな、まさか」

「…もっとよく見せろ」

「やだ」

「名前、」


くいと軽く指先で顔を持ち上げられて、綺麗な青色の視線が落ちてきた。
思わずぐっと息を飲む。
これはどうしよう、なんだか。


「恥ずかしいだろ」

「…うん」

「今までのお返しだな」


少し得意気に笑ったあと、エリオットが小さく舌を出す。
可愛いような格好良いような、その何とも言えない仕草に返す言葉が見つからない。
そのうちに、小さくキスをされた。
彼から初めてされたそれはくすぐったくて嬉しくて、どうしようもなく恥ずかしい。
そして、満足そうに笑う彼の表情は今までで一番輝いていて。


拝啓、私の一番星


20111230
相手の殻を優しく割るおはなし
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