視線が落ちてきたのを感じ取って、うっすら目を開く。
ちかりと眩しいのは昼間の日射しだろうか。
瞳を見開いた先、上下の逆さまな、どこかきょとんとした顔をした彼女がいてとっさに言葉が出なかった。
チチ、とさえずる鳥たちはこの日だまりに守られた庭の木々に棲んでいるのだろう。
その歌声で、間の抜けたのどかな空気を頭上から落としてくる。
じっと見つめ合ってしばらく、自分の頭が彼女の膝に載せられている状態なのだと遅れて理解した。


「びっくりした。起きたの、リーオ」

「驚いたのは僕の方だよ…どうしてこんなことになってるの?」


この庭にやって来た記憶はあるけれど、そのとき彼女は一緒ではなかった。
頭上の彼女が身動きするたびにゆらゆらと、細く柔らかそうな髪の束が視界の上方を掠める。
ついと手を伸ばして指先に絡めると、やはり柔らかい。
眠気に霞む思考では特別な理由も思いつかず、そのまま何となく髪先をもてあそぶ。
僕の頭を抱えるように手を添えて、見下ろす姿勢の彼女は笑っていた。


「リーオが、ここで寝てたから。珍しかったのと、居心地が気になったのもあるかな」

「僕はこんなに本格的に眠る気はなかったんだけどね、暖かくてつい」

「少しは気持ちいい眠りの手助けになれた?」


さらりと髪を撫でられて、思わず目を細めた。
つい眠りすぎてしまったのも、いつもより夢見が良かったのも、傍らにいた彼女のおかげだったのか。
そうと知ってしまっては、なんだかんだ彼女に頼りきりな面を自覚したも同然で、仕方のない奴だと自分を笑う。
加えて、それが満更ではないと感じていることもちゃんと分かっている。
視線を感じて意識を向けると、やたら直向きな彼女の瞳と目が合った。
ぱちぱちと瞬くそれは丸く大きく、澄んでいる。


「どうしたの、真面目な顔をして」

「こうしてるとリーオのまばたき一つさえよく分かるなぁって思って」

「…もしかして僕が寝ている間もそうしてたの?」

「少し動かしても起きないくらいだったから」

「やだな、寝顔を見られるなんて」


実際、この体勢に至るまで彼女は多少僕に触れたはずなのだ。
それでも全く気付かなかったのはよほど気を抜いていたせいか、はたまた彼女の纏う平穏な空気がそうさせたのか。
思考を巡らせていたら、こちらを向いてと気を引くように手のひらが頬に下りてきた。


「最近、疲れてない?よく眠れていないとか」


随分深く眠っていたせいで、彼女に心配をさせてしまったらしい。
もしかしたら、ずっと僕を眺めていたのだってそれが理由だったのかと思いつく。
緩く首を振れば、心底安堵したような表情を無防備に見せるから。
その手に触れて、身を起こす。
重ねていた手のひらは繋ぐ形になって、上下の正しい、いつも通りの彼女の姿を正面から捉える。
完全に姿勢を元に戻してから、見上げる彼女も新鮮だったな、なんて今更思い当たった。


「ありがとう、名前。僕は大丈夫」

「なら、いいんだけど」

「君に心配をさせるようじゃ駄目だね」


僕の方が男でしっかりしなきゃいけないのに、とは言えず喉の奥でかき消える。
自分が気遣われるばかりでなく、彼女の方はどうなのかとその姿に注意を向ける。
確かめるように、ふと彼女の肩に触れてみて驚いた。
こんなに細かったのかと思ったのと、彼女にきちんと触れることすら久しいという事実に。
か弱い頼りなさに改めて呆然にも似た思いが浮かんで、出来るだけやさしく引き寄せた。
いとも容易く、僕は彼女を抱きしめることができる。
腕の中の彼女は困惑したように身じろいだものの、嫌ではないようだ。
良かった。


「リーオ、どうしたの」

「しばらく、こうしててもいい?」

「…うん」


この小さい身に僕の重荷を少しでも背負わせるわけにはいかない、と思った。
たとえば今の気持ちを口にしたとしたら、彼女は僕が辛いならば何が何でも一緒になって背負うと言いかねない。
根拠のない強気を持って思いやりを見せる、そんな彼女が好きだ。
僕なら確証のないことに自信は持てないだろうし、確信もないのに手を伸ばしたりできない。
自分の思いに素直なくせして、どこか不器用で空回りを伴いかねない人柄に惹かれてしまうのは僕の癖だろうか。
ただ少し、他の誰とも違うのは彼女に対しては僕の方が護る立場でいたいという気持ち。


「…名前は、さ」

「うん?」

「僕が護るよ、って言ったら素直に大人しく護られてくれる?」


驚いたように少し身を引いた彼女は、しかし特に迷う様子もなく口にするのだろう。
彼女の肩から顔を上げて待つものの、飛び出す言葉には何となく予感がある。


「リーオが一生のお願いって言うなら聞くけど」

「なにそれ」

「そうでないなら、多分リーオの後ろにずっとは居られないよ。だって私の意志がないと、リーオの隣に居るってことにならないじゃない?」


躊躇いもなくすらすらと言えてしまうあたり、彼女の根底は揺るがない。
嬉しいような自分が不甲斐ないような、複雑な気持ちに苦笑いが浮かんだ。
とても、彼女らしい意見だと思う。


「随分お転婆な返事だね」

「やっぱり、見栄を張りすぎかな」

「ううん、いいよ。そんな君だから僕は好きなんだ」


それに、一生のお願いなんてものを使い切るにはまだ早い。
彼女に望むこともあげたいものも多すぎて、その大半は願ったりせずに自力で叶えなくてはいけない。
そんな日常的な苦労すら君と居る未来ならきっと楽しいんだろう。
隙だらけの彼女へ手を伸ばして、軽く髪をかき混ぜるように撫でた。
寝ている間に随分可愛がられたみたいだから、そのお返し。


「名前、今はまだ無理だけど」

「うん」

「全部終わったら二人で出掛けよう。どこか遠くへ」

「遠くって?」

「特に決めてないから、どこでもいい。でも今日みたいに穏やかな時間が過ごせればいいなって思う。どうかな」

「…そうだね、その時はまた膝貸してあげる」

「うん、よろしく」


二人でふざけあうように笑って、けれど彼女から絡められた小指には互いに本当の気持ちしかなかった。
そう、いつか。
約束は約束のままで終わらせない。
誰にもあっていいはずの平穏をもう一度と言わず、ずっと。
これは贅沢な望みじゃないと思う。
君との未来が叶ったときこそ、僕の「ずっと続くように」って一生のお願いを使い果たそうか。


20120213
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