落ち着いた雰囲気の男の子二人組がよく訪れることはなんとなく印象に残っていた。
見た目の年齢より大人びているように見えても、片方が時折怒ったように多少声を大きくし、もう片方が笑いながらそれをいなしている時は二人とも年相応で微笑ましくあった。
彼らは常連客と言うほどでもないのだけれど、結構な頻度でこのカフェにやって来る。
学生らしく頼むものはそこそこに、会話を楽しんだり試験前には勉強をしていたり、しばしば二人で楽譜を書いているのも目にした。
最近はもう一人、明るい男の子も加わったようで、前よりさらに賑やかさが増した。
そんな折だった。
不意に声を掛けられたのは。


「こんにちは、お姉さん」


はい、何でしょう。
軽く返しながら私はその男の子の姿に見入っていた。
背丈は私とそんなに変わらないその子は、綺麗な金髪と深い翡翠の瞳を持っていた。
まるで絵に描いたおとぎ話の王子様のような見た目だ、なんて思ってしまう。
両手を後ろで組んだ仕草は子供っぽいけれど、おそらく高校生くらいだろう。


「お手洗いの場所、わからなくて」

「ああ、確かに少し分かりにくいですよね。その奥を」

「お姉さん、敬語いらないよ」

「…どうも」


会話を綺麗に切られた上に先手を打たれた。
高校生と予想をしたけれど、なんだか幼い見た目に似合わず妙に大人びた子だ。
私の僅かな動揺は簡単に相手に伝わったらしく、彼は素敵な笑顔を見せてくれた。
女の子なら惑わされてしまいそうな甘さと穏やかさを兼ね備えている。


「やだなー、結局使ってるよ。敬語」

「うん、ごめんね」

「ああえっと、謝らせる気はなかったんだ。それより場所、教えてもらえるかな?」


にこりと落とされた笑みは人好きのするもので、感心してしまう。
これほど相手を安心させる表情を私は他に知らない。
軽く説明をすればすぐに理解したらしく、金髪の彼は笑顔とお礼を残して洗面所の方へ歩いて行った。
そのままカウンター内で作業をしていると、戻ってきたらしい彼が目の前を通りすがる。
その時も小さく手を振ってくれて、礼儀正しい子なんだな、なんて思った。
彼がオズくんという名前で、学年が違うにも関わらず例の二人組とよくつるんでいるということを知ったのは、彼もこの喫茶店にすっかり馴染んできた頃だった。
今では来店の度に話し掛けてくれるし、他の人相手に接客中の私へ、遠くの席から手を振ってくれることもしばしばだ。
それに大っぴらに返事をできないのは少し申し訳ないけれど。
メニューを置きにカウンターの前まで戻ってくれば、オズくんがそこに立っていた。


「お姉さん、今空いてる?」

「うーん。暇ではないかな」

「そっか、忙しいのかー」


残念そうにする彼に特に目的はないらしい。
カウンター席にもたれかかり、私の作業を観察しながら時折話し掛けてくる。
いつもより少ない口数は仕事中の私への彼なりの気遣いなのだろう。
オズくんの弾んだ声は唐突に途切れた。
思わず視線をグラスから移した先に頭を押さえて痛いと呻いているのを見る限り、背後で怒ったような顔のつり目の男の子に叩かれたらしい。
例の二人組の片割れの、どちらかというと性格のキツそうな子だ。
眉間に寄った皺が彼の不機嫌を物語っている。


「いったいな!何すんだよ、エリオット!」

「うるさい騒ぐな。なかなか戻ってこないと思えば…おまえ、勤務中の人間に話し掛けるなよ」

「いいじゃん、お姉さん可愛いし」

「おまえはその減らず口をまず何とかしろ」


どうやら連れを呼び戻すためにつり目の子は来たらしい。
だとしたら、申し訳ないことをした。
私だって本職を忘れてオズくんの話に興じてしまう節がある。
二人の言い合いにどこで口を挟めばいいやら迷っていると、オズくんにエリオットと呼ばれた彼が不意にこちらへ向き直った。


「どーも、こいつが迷惑掛けました。ほら謝れ」

「な、勝手なこと言うなよエリオット!」

「本当のことだろうが」


オズくんの頭を力ずくで下げようとするつり目の子とぱちりと視線が合って、小さく会釈をされた。
慌ててこちらもお辞儀を返す。
エリオットくん、かぁ。
なんだか、敬語の似合わない子だ。
今まで会計の際などにある程度接近したことはあれど、こんな風に話をするのは初めてだ。
その容姿は隣のオズくんに負けず劣らず特徴的である。
特にその瞳、澄んだ青色には思わず見入ってしまう。


「…なんだよ」


まじまじと見過ぎたせいか、少し居心地悪そうな顔をされてしまった。
いけない、お客様相手に。
けれど、やっぱり敬語を使わない方が自然だ。
何でもないと誤魔化し、加えて謝った私を見て、オズくんが楽しそうに言った。


「わかった!お姉さん、こいつの髪が気になるんでしょ」

「え」

「はぁ?」

「この変に跳ねた髪、オレもおかしいと思うんだよね。最近ミステリー小説をよく読むんだけどさー、一番の謎はエリオットの髪型だと思うよ。うん」

「…てめぇはそんなに殴られたいか。よし覚悟しろ」

「えっちょっ、なんでさ!」


思わず吹き出しそうになるのを堪える。
笑っちゃ駄目だ、たとえ可愛くても面白くても。
幸い二人は言い争いをしていて私の様子には気付いていないらしい。
仕事中仕事中、と自分に言い聞かせていると、「あのさー」とのんびり間延びした声が後ろから聞こえた。
驚いてぱっと振り返れば、眼鏡が印象的な彼が立っている。
わあ、勢揃い。


「何してるの、君らは」

「リーオ…」

「オズ君を連れてくるってエリオットが言ってからどれだけ待たされたと思ってるのさ。駄目だよ?ミイラ取りが何とやら、って言うでしょ」

「適当だな、おい」


呆れたように返すエリオットくんに、リーオくんというらしい彼が軽く笑って返す。
一気に賑やかになったカウンター前にどうしようか迷ったものの、お客さんも少ない時間帯だし、まあいいかと結論付けた。
私も大概不真面目である。
談笑していた折、目が合った(かはよく分からないけれど多分)眼鏡の彼がにこりと微笑んだ。
ふわふわと長めの黒髪が揺れている。


「こんにちは。いつも接客してくれる人ですよね」

「あ、はい。こんにちは」

「そうそう、いつものお姉さん!」

「おや。知り合いなのかい、オズ君」

「いつも…?そうだったか?」

「わー鈍いなー、エリオットは」

「おまえは人のこと言えないだろうが!」


途端に再開する口喧嘩に狼狽えるのは私だけのようで、リーオくんは慣れた様子でそれを止めるでもなく傍観していた。
しかも若干楽しそうに。
…オズくんといい、なんだか彼らは強かすぎではないだろうか。
こうなるとエリオットくんの立場が気になるところである。


「すみません。エリオットは人の顔を覚えるのが苦手だから」

「いや、それは全然…」


ふと眼鏡の彼に話題を振られて、驚きはしたものの慌てて首を振る。
むしろ一店舗の一店員の顔なんかを覚えてくれている彼やオズくんの方がすごいと感じてしまう。
実際、お店側がお客さんを覚えるより珍しいことじゃないだろうか。
さり気なくカウンター席を勧めれば、リーオくんは「どうもありがとう」と素直に私の言葉に従った。
彼が三人分の荷物を持ってきているのを目にして、なんとなくこうなることを予想していたのでは、と考える。
やはり準備がいい。
そのまま頬杖をついてリーオくんは二人を眺めながら、時折私にも彼らのことを話してくれる。
その時に、敬語はいいと最初に断りを入れておいた。
すると、リーオくんは私も使わなくていいと言ってくれた。


「金髪の彼がオズ君で、今まさに暴言を吐いていて顔が怖いのがエリオット」

「う、うん。言い方に少し棘がないかな…」

「そんなことないよー。オズ君とは顔見知り…なんだよね?」

「うん、少し前から」

「不思議だなぁ、僕らの方が先にここへ来てたっていうのに」

「そうだね」

「でも、確かにオズ君らしいかな」


そうしているうちに、彼らはこれが自然体なのだと私も悟る。
微笑ましいと呼ぶにはいささか口喧嘩に熱が入りすぎているけれど。
特にエリオットくん。
言い合いの最中、こちらに気付いたらしいオズくんが一際大きな声を上げた。


「あー!ずるいよリーオ!オレもエリオットよりお姉さんと話したい!」

「あぁ!?」

「おや、もしかして最初はオズ君のナンパだったのかな?駄目だよオズ君、それなら彼女がもっと手の空いてそうな時間帯を狙わないとー」

「リーオ!おまえも余計なこと言うなっ」


オレまで同類と思われる、とうんざりした様子で頭を振るエリオットくんに対し、残りの二人は揃って楽しそうに笑った。
笑顔で何やら言い合っている二人は同じくらいの身長も相俟って、なんだか息ぴったりという感じだ。
最初は二人組のお客さんだっただけに、少し意外にも思える。
改めて話してみればそれぞれの性格はあまりに統一性がない。
見た目で表すならば、金髪の子と眼鏡の子とつり目の子。
各々の好き勝手な行動はバラバラなのに妙にしっくりとくる。
きっと付き合いが長いのだろう。


「ね、店員さん」

「ごめん、オレ迷惑だったかなぁ」

「だからさっきからそう言ってるだろうが!」

「いや、ええと。本来接客すべきお客様三人がこちらに移動してきてくれたから今はそんなに忙しくない…かな」


私の言葉に揃ってきょとんとした顔を見せてから、三人がそれぞれの個性を出して破顔する。
もともと大きくない喫茶店だ。
店内を見渡してもこの子たち以外には、彼ら以上に長いことお得意様である初老の男性客の方しか見当たらなくて、先ほど視線を送ったら構わないと身振りで許してくださった。
ならば、もう少しこの可愛らしい雰囲気に飲まれていてもいいだろうか。
三人の談笑を横目に、サイフォンの用意をする。
そういえば最初の注文から随分と時間が経っている。
ご注文は、と軽く尋ねれば三者三様の答えが返ってきた。


「オレ、カプチーノ!」

「…ブラックで」

「今日はカフェラテの気分かなぁ」


こんなとこまでバラバラ、と可笑しくなって私は頬を緩めた。
賑やかな空間にゆったりとコーヒー豆の香ばしい匂いが広がる。
今日はなんだか、とてもいい日だ。


20120119
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