(16巻特装版ドラマCDネタ含む)


「ふーん。慎みがあって綺麗好きで、空気の読めるできた女、ね」

「……」

「なるほど、嫌み?」

「ちっげーよ!」


バン、と机を叩いて今にも紅茶のセットを引っくり返しそうなエリオットから自分のお茶を避難させた。
この子はいいお家の末っ子という恵まれた環境にいながら、どこかひねくれて育ってしまったというか粗野な言動が目立つ損な立ち位置というか。
むしろわざとらしく嫌みを込めていない私の物言いが余計に居心地悪いのか、エリオットはうろうろと視線をさまよわせている。


「で、好みの下着の色が…」

「ちょっ…やめろ!言うな!」

「よく言うよ、さっき散々騒ぎ立ててたくせに。私がなんでこれだけの情報を持ってるか分かってるの?丸聞こえだったからよ」


ぐっと言葉に詰まった彼は言い訳もできないようだ。
恋愛沙汰の話題なんて滅多に口に出せないような子だと思ってたのに、下着の色ねえ。
私としてはそちらの点で驚きだったのだけれど、昔から知っているとはいえエリオットも男の子だし、私の手を離れて年相応の思春期を謳歌しているということだろうか。
私が送る視線にエリオットは怯むように肩をすくめた。


「なん…だよ。おまえ、なんか失礼なこと考えてないだろうな…」

「まさか。エリオットくんがきちんと男の子で私は嬉しい限りですよー」

「嘘つけ、さっきから皮肉めいた言い方ばっかりしやがって」


そんなつもりはなかったのだけれど、彼にはそう聞こえているらしい。
口に含む紅茶は私とエリオットの微妙なやり取りに関わらず美味しかった。
夏摘みのダージリン、所謂セカンド・フラッシュは先ほどから爽やかなマスカットに似た香りを届けてくれている。
お茶請けのクッキーもバターがほどよく甘くてなかなかの味だ。
それらに手を付けないでいるエリオットに、どうぞと勧めればようやくカップに紅茶を注いでいた。
葉が開きすぎて渋くなっているんだろうなぁ、絶対。
決して紅茶を嫌ってはいない彼のことだ。
おそらく悪いという気持ちが先立って、お茶を楽しむところまで気が回らないのだろう。
別に彼が私に対して負い目を感じる必要はないのに。


「そういえば、リーオから聞いた」

「…何をだ?」

「アリスって子にも興味津々だったらしいね」

「……はあ?」


おや、こちらは無自覚だったようだ。
先ほどまでの気まずそうな表情から一転、訳が分からないことを言うなとエリオットは全身で主張してくる。
先ほど思ったとおり、負い目を感じる必要はないと思っている。
けれどいちいち問い質して彼を困らせるのはそれが楽しくて、その上でほんの少し私が傷ついているからだ。
何しろ私は先日彼に告白をしている。
そうして返事をもらえないまま、今日のお茶会までずるずると来てしまったわけだ。
答えなんて分かりきっているのだし、そろそろはっきりさせておきたいと思うのは仕方ないことだろう。


「エリオット、その顔やめたら?可愛くないから」

「可愛くなくて結構だ」

「そう言わずに、私を気にしないで今日という日を楽しんでくれていいのに。これは本当の気持ちだよ。お友達も来てるんでしょう」

「あんなの友達だと思いたくねぇな」


口を開けば素直じゃないつんと澄ました言葉ばかり。
ふう、と思わず溜め息を吐けばこちらを気にした彼の目線が自分を捉える。
だから嫌だったのに。
心から好かれていないのに、同情だけされる関係なんて少しも楽しくないじゃない。
やっぱり私が気持ちを告げたこと自体が間違いだったのだろう。
私の皿にもカップにも、もう何も残ってはいない。
それを確認してから出来る限りの礼節を保って、席から立ち上がる。


「あ、おい。どこ行くんだよ」

「別に、適当に挨拶をしてくるだけ。お父様の言いつけ通り、そろそろいい人を捜さないと。それもお茶会の目的としては間違ってないでしょう?貴族間の交流が主旨なんだから」

「…は?」

「ご機嫌よう、エリオット=ナイトレイ様」


他人行儀だとは思いながら、四大公爵家嫡子に対して本来の礼儀を見せる。
恭しく頭を下げてみせた私の所作は端から見れば何も間違いがないはずだ。
それなのに、みるみる表情を歪ませたエリオットは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、私を追って歩いてくる。
本当に分からない子だ。


「おい待て、名前」

「…エリオット、お茶を残してテーブルを離れるのはマナー違反だって」

「そんなのどうでもいいから、待てよ!」


この場に似つかわしくない大声に、周りの幾人かが何事かとざわめいている。
後ろを振り返れば、すっかり気分を悪くした様子のエリオットが居て、困り果ててしまう。
ひとまず人目を避けて歩を進めれば、こちらの意図を理解したらしい彼は黙ってついて来た。
賑やかな庭から離れた屋敷の裏の方まで来たところで、エリオットの声が響く。


「…おまえ、オレのこと好きなんじゃなかったのか」

「返事をくれなかったのはそっちでしょう」

「話をすり替えるな」

「いいじゃない、私たちはお付き合いをしている訳ではないんだから」


だから気になる子のところへ好きに行けばいいのに。
私の小さな本音は彼に拾われてしまったらしく、わずか目を見開いたエリオットはすぐにそれを不機嫌そうに細めた。
いや、違う。
これは納得が行かない時の顔だ。
直情的な彼はこういう時決まって相手を長いこと問い詰めるのだ。
こんな風に、相手の腕を掴んで。


「おまえが本当に言いたいことはそれかよ」

「さあね」

「はっきりしない奴だな。オレはうじうじした人間が嫌いなんだ」

「…知ってるよ」


エリオットがどんな性格かはよく分かっている。
だから彼を避けて曖昧な態度をすれば、この言葉が返ってくることは分かっていた。
だから踏み込みたくなくて、せめていい人ぶって彼を好きな子の元へ送り出したかったのに、本人が邪魔をする。
嫌い、か。
私と彼の感情はことごとく正反対を行くらしい。


「私もエリオットが嫌い」

「あ?この前好きって言ったろ」

「撤回する。何なの、自分は嫌いって言っておいて、相手には好かれていたいの?勝手だよ!」

「あのな、言っとくぞ。嫉妬するならもっと分かりやすく、可愛げを持て。おかげで混乱した」


つい荒げてしまった口調を後悔する前に、はたと気付いて言葉を失う。
やけに落ち着き払った様子の彼は今、何を言ったのか。
遅れて噛みしめるように理解した言葉をもう一度、今度は自分でゆっくりと声に出す。


「…嫉妬?」

「嫉妬だろ、おまえの言ってること全部」

「そんなはずない」


即答した私の切り返しにエリオットが分かりやすく苛ついたのが見てとれた。
私の腕を掴んだ手のひらにより力が込められる。
そんなことを気にする余裕もなく、私は首を振った。


「そんな子供っぽいこと思わないもの」

「思ってるんだよ。素直に認めろ」

「エリオットに素直なんて言葉言われたくない」

「だから…、今はそういう話をしてる時じゃないだろ」


痺れを切らしたように彼がぐっと腕を引く。
思わずその場に踏みとどまろうと抵抗すれば、大人しくついて来いと怒られる。
もうお互いのやってることが滅茶苦茶だ。


「どこ行くの」

「仕切り直しだ。もう一回じっくり話す必要がある。茶でも飲みながらな」

「い、いい。遠慮する」

「特別におまえの不満を全部聞いてやるって言ってるんだ。この機会に甘えとけよ」


振り向いたエリオットが人差し指を立てて「これっきりだからな」と念を押す。
これを逃したら、こじれてしまってもう彼との繋がりはなくなってしまうのだろうか。
そんな思いがよぎって、口は喋ることをやめてしまうし、身体は彼を振りほどく気をなくす。
急にしおらしくなった私を見てか、エリオットは少し眦を緩ませた。


「本当に素直じゃねえな」


ああ、それだけは心底あなたに言われたくなかった!


20120116
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