小さい頃からよく知っている従兄弟の彼は自信家のガキ大将であり、誰かより強い姿は見せてもその逆を見せたことなんてない人だった。
私が遊びに誘っても家の中でしか遊んでくれなくて、外では子分のような数人を引き連れて近所を練り歩くという男の子の遊びをしていた。
そうだ、一度だけ彼の様子がおかしい日があった。
服をずぶ濡れにして帰ってきた彼は池に落ちたと主張して、その程度でへこたれる性分ではないのにひどく苛ついていた。
腹を立てている彼にはあまり近付かない癖が私にはあったのだけれど、着替えた彼は私だけを部屋に呼び、ただ一言「ここにいろ」と呟いた。
何があったの。なんで私なの。
尋ねることも適わず、私は彼の部屋でじっとしていた。
そんな私の背中に頭を押し付けて、彼、勝己くんも何も言わずじっとしていた。
あの日のことは、きっと一生忘れない。



高校生になって、母親伝てに勝己くんが雄英高校に入学したと聞いた。
素直にすごいなぁと思う反面、幼馴染の出久くんも入学したと聞いて、二人がギスギスしているんじゃないかと心配にもなった。
たまには会いに行こうと家を訪ねてみたところ、ちょうど出掛けの叔母さんに留守を任された。
夕焼けが窓から射し込む頃、勝己くんが帰ってきた。

「なんでいんだよ、お前」

眉をしかめた彼が言う。
勝己くんが先に喋ってくれてよかった。
びっくりした。
ガキ大将の勝己くんは大人っぽくブレザーを着こなしていて、ズボンはずり下げていて不良みたいで、目元が泣いた後みたいに赤かった。
こんな姿、今まで一度だって見たことないから、私はわざとらしく笑顔を作ってから声を掛けた。

「おかえり。勝己くん」
「質問に答えろよ」

問いただそうとする割に、彼は私がいることに対して驚きはないらしい。
昔からちょくちょく遊びに来ていたのだから、違和感がないのかもしれない。
それにしたって勝己くんは、どうして今日に限っているんだ、という鬱陶しそうな顔をするから、私は少し肩身が狭い。

「雄英高校の制服、似合ってるね」
「俺は疲れてんだよ。寝る」

会話が噛み合わない。
おそらく、彼は苛ついている。
池に落ちてずぶ濡れになって帰ってきたあの日と同じだ。
学校で何かあったんだろうか。
せっかく行きたがっていた志望校に合格したのに、思っていた場所と違っていたんだろうか。
もしかして、出久くん絡み?
杞憂と無闇な想像が膨らんで、帰ろうかどうしようか悩んでいると、ふいに手首を掴まれた。

「え、なに、ちょっと」

私の腕をぐいぐいと引いて、勝己くんは自室に入った。
そこで私の手を離し、一人ベッドに寝転がる。
久しぶりに入る勝己くんの部屋にそわそわと辺りを見回して、最終的に視線は目の前の彼に落ち着いた。
幼い頃のあの日と状況が似ている。
彼は何も言わず、私をそばに置こうとする。
そう思った矢先、天井を見つめていた勝己くんがごろりと寝返りを打って、視線が合った。

「名前」

ぴりり、と心臓に電気が走ったような気分だった。
私は、この先の人生で他の男の人に名前を呼ばれて、こうも抗い難い気持ちになることがあるんだろうか。
おそらく、ないと思う。

「来い」

彼が発した二文字に、驚くほど素直に私の身体は引き寄せられた。
静かな瞳で、ベッドの上で、私に向かって両腕を広げた彼に対して感じたのは確かに愛情だった。
彼自身にそんな気は全くないということも分かっていた。けれど。
好意もやましさも一切なく、ただひたすら安心したいために私を呼ぶ彼を、愛しいと思ってしまった。
ベッドの縁に手をついたところで、また手首を強く引かれて、バランスを崩した私はベッドに倒れこむ。
ぐっと腰を引き寄せられて、すぐそばに勝己くんの顔がある。
私が何か言う前に、大人のように力強い腕に抱きすくめられる。

「ここにいろ」

あの頃と寸分違わず、私を引き止める声。
あの頃とは何もかもが違う、勝己くんの体の大きさ、声の低さ。
逃げられない力加減と、逃げたいとも思わない私の心。
今ここで、あの日伸ばせなかった手で勝己くんの頭を撫でたら怒るかな。怒るんだろうな。
その背中に腕を回すことさえできないまま、私は勝己くんの呼吸を感じて目を開けたり閉じたりする。
この先も、彼がどこかでつまずいて、普通ではいられない時に私を呼んでくれたなら、いつだって飛んでいく。
どんなことを要求されても、許してしまうと思う。
こうして私を抱く彼は、そうして呼吸を整える一人の男の子は、普段とは比べものにならないくらい弱々しく見える。
常にある強固な自信が揺らいで見える。
何があったの。なんで私なの。
そんな野暮なことは絶対に訊かないでおこう。
あなたがいつも通り歩けるようになるなら、私、心臓を捧げたっていい。

20151018
恋は知らないから愛だけあればいい

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