(過去捏造+注意) じーわじーわ、とこの場所からは遠いはずなのに、いつだって蝉の声は近くに感じる。 ただでさえ暑くて仕方ないさなか、真夏の商店街で守沢千秋に見つかってしまった。 「名前じゃないか、久しぶりだな!」 手を挙げて大声を出す彼に、道行く人々が怪訝そうに振り返る。 私は他人のふりこそしないものの、彼がいるのとは反対の方向へ歩き出す。 当然のように守沢は私のあとをついてきた。 「おっと、無視されるとはな!俺が認識できないほど視力が落ちたのか?俺だ、守沢千秋だぞ!」 「私に関わるとろくなことないよ」 ぽつっと一言返すと、彼は何度かまばたきを繰り返し、次に怒ったような顔をした。 「またお前はそうやって!自己評価をするのは大事なことだが、お前の場合は自虐が過ぎるぞ。思えば昔っから…」 説教口調になる彼をひたと見据えると、彼は言葉を切った。 私は問いかける。 「昔って、いつから?」 「…さてなあ、いつからだったかな」 苦々しい顔で笑う、その表情は切ないが好きな表情だ、と思う。 この男は、幼い頃はこんなに堂々としていなかった。 大人しくて、笑顔が可愛くって、千秋ちゃん、なんて呼び方をして相応しいような子供時代を知っている。 最初は私たちの方を窺っていた通りすがりの人々も、だんだんと視線を背けて、他人らしく足取りを早めていく。 「ねえ守沢」 「なんだ?昔のように千秋と呼んでいいんだぞ」 「…それはいいや。守沢、毎年聞きたいと思っていたことなんだけれど」 「おう、何でも聞いてくれ!」 はきはきと喋る守沢の姿はいつだって変わらず底抜けに明るい。 しかし、その身長が会うごとに伸びているのは、確実な変化なのだろう。 「どうしてこの姿で、私だってわかるの」 胸に手を当てて、私は楽しくもないのに笑ってみせる。 今の私は、大人の女だ。 比喩ではなく、明らかに社会人数年目のようなファッションと相応の化粧をした姿である。 けれど、守沢は当たり前のように言ってのけるのだ。 「お前はお前だからな」 毎年、この言葉を聞くたびに懐かしいような、元いた場所に帰りたいような気持ちになる。 数年前に死者となった私には帰る場所などないというのに。 夏になれば、商店街をふらついている私のことを、守沢だけが見つけて呼び止めてくれるのだ。 「だって私、わざと大人の姿をしたのに。別人のふりをしているのよ。どうして分かってしまうの」 「どうしてだろうな。俺にもわからん。だけど一目でわかるんだよ」 毎年、もう見つけてくれなくていいと思っている。 守沢が私だと気付かなければ、私のことなんて忘れてしまえば。 守沢が一人何もない場所へ話しかけて奇異の目で見られることも、私が未練がましく真夏の商店街を彷徨うこともなくなるはずだ。 だから毎年、私が死んだ時の姿とは違う年齢で化けて出る。 「さすがに去年、老婆の姿をしてきた時は驚いた。もうしてくれるなよ?」 守沢は別段困った様子もなく、そんなことを言った。 そうだ。去年の変貌した私でさえ、守沢は当たり前のように私を名前と呼んで、呼び止めたのだ。 「名前、俺はお前に成仏しないでほしい」 守沢が物騒な単語を発したせいか、近くの店先の主人が一度こちらを振り向いたが、すぐに関心をなくして店じまいを続ける。 じーわじーわ、と蝉はひっきりなしに喧しく鳴いている。 「毎夏、会えるのを楽しみにしている。お前がどんな姿で出てきたって見つけてやるさ」 これだから、守沢のことを亡者に好かれて不幸な男だと思う。 20150815 |