「ふ、」

液晶を眺めていたノボリさんが零すように笑い、私はその横顔をつと見上げた。
ふくく、と笑みをこらえるように口元に手をやってからこちらの視線に気付いたらしい。
緩めていた表情と口元をきりりとさせたあと、ノボリさんは眉尻を下げて頬を赤らめた。

「失礼しました。あなた様とのデート中にこのような…」
「大丈夫ですよ。連絡、クダリさんからだったんですか?」
「ええ」

ノボリさんのライブキャスターが受信音を鳴らしたのはついさっきのことだ。
失礼、と言って私から少し離れようとした足をすぐに止めて、彼は私のそばに戻ってきた。
「メールのようでしたので簡単に確認だけ」と続けた彼に頷いて、その視線が液晶に向かった途端、ノボリさんが甘い笑い声を落としたのだった。
珍しい表情に私が見惚れたのは束の間、すぐに表情を「よそゆき」に直してしまったノボリさんが可愛いような少し寂しいような気持ちだった。
私に手招きをして、ノボリさんの指先が液晶をとんと叩く。

「こちらを見ていただけますか」
「はい」

促されるままに覗き込み、私は先ほどの彼のように思わず表情を緩ませてしまった。
メールには簡素な一文と添付写真があった。
本文は「孵化したよ!」という短いものだったが、それだけ写真の光景を早くお兄さんに伝えたかったのだろうと推測する。
画像には、生まれたばかりらしいヒトモシが四匹重なり合って眠る姿が写っていた。
他の兄弟の上に乗っかる子。
小さい手で顔を隠す子。
無防備に仰向けに寝る子。
クダリさんの指先にしがみついている子。
寝相の個性は様々だ。
積み重なるように身を寄せ合うヒトモシたちの姿はそれひとつが何かの生き物のようで、見ていて可笑しくって微笑ましい。
これなら、ノボリさんだけでなくポケモン好きなら誰もが笑ってしまうだろう。
平和を体現したようなヒトモシたちに笑いをこらえていると、ふと視線を感じた。
隣でノボリさんがくすりと笑う。
私以上に穏やかな笑顔を見せる彼にかあっと顔が熱くなって、思わず手のひらで頬を覆い目を逸らした。
そんな、優しい顔をされたら照れてしまう。
どこかに隠れてしまいたい気持ちで顔を伏せた状態でちらと見やると、ノボリさんは少し寂しそうな表情を見せた。
あ、と思い当たる。
立場が入れ替わっただけで、私たちの状況はさっきとまったく同じだった。
恋人とはいえ、気を緩ませているのをじっと見られては恥ずかしい。
それが、相手が微笑ましそうな顔をしているなら尚更。
互いに照れくさく、しかし相手のことを見つめていたかった気持ちは同じだったのだ。
そう気付いた瞬間、私は手を離して熱い顔を隠すのをやめた。

「すごく可愛いですね、この子たち」
「そろそろだとは思っていたのですが、クダリが孵化作業を頑張ってくれたようです」

素直な感想を述べると、ノボリさんは再び眦を下げて嬉しそうに会話に応じてくれた。
自分は恥ずかしいと思っても、好きな相手のいろんな表情を見ていたいというのは当然の感情で。
こんなことにも気付けないなんて、と少し反省をする。
不意にひんやりとした指先が頬に触れた。
頬に当てた手のひらを離した時に乱れたのだろう、ノボリさんが優しく髪を梳いてくれた。

「ノボリさんがあんな風に笑うの、はじめて見ました」
「そうですか?…ポケモンのこととなると、多少気が緩むのかもしれません」
「ずっと見ていたいなって思うくらい、きれいな笑顔でした」

ノボリさんがぱちくりと目を瞬かせる。
…しまった。素直が過ぎた物言いだったろうか。
好意から出た言葉とはいえ、男性がきれいと言われて喜ぶとは思えない。
しかし予想に反して、私を非難する言葉はいつまで経っても聞こえてこなかった。
おそるおそる様子を窺う私に、彼はまたひとつ笑みを重ねてもう片方の手のひらも私の頬に添えてくれた。
ぐっと詰められた距離に、息が上手くできなくなる。

「それでは、もっと近くでわたくしのことを見ていてくださいますか?」
「え、あの」
「あなた様が気付いていらっしゃらないだけで、わたくし結構笑うのですよ」

額と額をくっつけるようにして、ノボリさんは目を閉じた。
その唇は紛れもなく緩やかな弧を描いて、いて。
甘い言葉と甘い表情に、私が欲しがっていたものはすぐ手の届くところにあったのだと知る。

20131208
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