ついてない、ついてない!
そう頭の中で繰り返しながら廊下を歩く。
指先でつまむようにして朝から気にしているのは、どう頑張っても直らなかった寝癖だった。
事の発端は昨晩から。
お気に入りのシャンプーが切れたから、あれだけ詰め替えを買っておいてと念を押したのに、親から届いた荷物には何故かメリットが入っていた。
しかもシャンプーだけ。
せめてもの良心、リンスすら付けてくれなかった親に私は断固抗議したい。
しかし抗議の電話にかける時間がもったいなくもあり、代わりを買いに行くのも間に合わなかったため、昨晩はメリットに甘んじる結果になってしまったのだった。

おかげで今朝は髪の具合が微妙だった。
寝坊して時間がなかったせいか癖のついた髪も直らない。
朝食に焼いたパンは焦げてしまった。
さっき自販機で買ったコーヒーはホットのはずなのにぬるい。
何でもないことが積み重なって無駄に気を重くしている。
本日何度目かわからないため息を吐く私は、廊下の先を見て思わず背筋を伸ばした。
陽日先生、だ。
二年天文科の担任教師で、今は少しだけ会いたくない人。
優しくて誰よりかっこいい陽日先生に格好悪いところは絶対に見せたくない、なんて豪語していた頃の自分よ帰ってこい!
そんな風に祈った甲斐も空しく、私を見つけたらしい陽日先生は手を振りながら歩み寄ってきた。
まぶしい笑顔から今だけは逃げたい。

「よう!どうした、浮かない顔してるな?」
「いえ、別に何も…」

普段なら陽日先生の前で精一杯可愛くあろうと形作る笑顔もぎこちないに違いない。
どうしてもそっけなくなってしまう口調に自己嫌悪。
不自然ではないように寝癖から手を離したものの、それに目ざとく反応した陽日先生が同じところに触れた。
私の少し跳ねた髪を軽くもてあそぶように撫でて、へらっと笑う。

「珍しいこともあるんだな。いつもきっちりしてるお前が寝癖作ってくるなんて」
「…あはは」
「なんだか可愛いぞ、うん!」

そのまま私の頭を「うりゃうりゃ」なんて撫で回してくれる陽日先生。
マイナスの気分にプラスの言葉をもらったのだけれど、その「可愛い」は素直に受け取れない。
いつだって私は子ども扱いだ。
小さい子が粗相をしても大人が笑って許すのと同じ。
むう、と無意識に若干膨れていると陽日先生は不機嫌の理由がわかっているのかいないのか、困ったように微笑んだ。
そっと手を離して、話題を変える。

「そういえば、お前もメリット使ってるんだな。なんか知ってる香りだと思ったら」
「え?」

きょとんとして見つめ返すと陽日先生も目を丸くしていた。
お前も、と言われた理由に首を傾げたのだけれど、陽日先生は自分の言動をぼんやり思い返したらしく、不意にしまったというような表情になった。

「まさかこれってセクハラに当たるのか…?い、いや!先生は断じてそんなつもりはなくてだな!」

髪に触れたときになんとなく気付いて、なんとなく話題にしただけなのだろう。
慌てて言い訳のようなものを並べ始める陽日先生が素直で可愛くて、つい笑ってしまった。
私が仏頂面を崩した途端、陽日先生も眉を下げて笑みを浮かべる。
結局、その行動のすべては思いやりで出来ているんだ。
だから怒ってみせても、私はすぐにほだされてしまう。

「わかってますよ、陽日先生」
「そ…そうか、ならいいんだ!誤解されたら困るからな〜…」
「心配しなくても大丈夫ですって」
「何にせよ、オレが言いたかったのは、先生とお揃いだぞーってことだからな!あんまり拗ねるなよ?」

もう一度、慰めるようにぽんぽんと頭を撫でてくれた陽日先生は笑顔をひとつ残して職員室の方へ歩いていってしまった。
私はそれを見送ったあと、またゆっくり歩き出す。
相変わらず髪型は気になるままだし、今日の不運が帳消しにされたわけでもない。
でも、陽日先生の髪は私とお揃いの香りがするんだろう。
そう思うと、心が弾んだ。
もしかしたら、今日はとてもついてる日かもしれない!





(女子の髪について指摘、ですか。そんな年中寝癖みたいな髪型をしておいて…)
(もじゃもじゃの水嶋にだけは言われたくないぞ!)
(前にも言いましたけれど、僕の髪はもじゃもじゃじゃありません。いい加減にしてくださいよ、陽日先生)

20120320〜20130206
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