友人に教えられてやって来た店は決して分かりやすい場所にはなく、薄暗い路地をいくつか通り抜けてきた。
こざっぱりとした印象の、素っ気なくも洒落た風体のバーといったところだろうか。
そろりと扉を押して入ったのに、ドアに付いていたらしい鈴がチリン、と鳴るので私の存在を店内に知らせてしまう。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」


カウンターの向こうで微笑んでくれたバーテンダーらしき男性は、案外優しそうな顔つきをしていた。
こなれた感じの、好青年である。
その人は私を暫し見つめて言った。


「お嬢ちゃん、お一人?」

「はい」

「むっさい男共しかおらんけど、ええ?」

「はい。あの、捜してる人がいるんですけど」

「捜してる?誰やろ」


彼が指し示してくれた奥のカウンター席には幾人かの男性が見られる。
ばっちり目が合った人もいたけれど、こちらを気にも掛けない猫背がちの一人が目につき、じっと視線を送る。
そのうち、彼の脇に立っていた男性が何かしらを囁いて、ようやく目当ての彼が振り向いた。
げ、と聞こえたのは無視しよう。


「さんちゃん!」

「…名前!?」


嬉しくなって駆け寄ると、何だ何だと周りのお兄さん方が私たちを見ていた。
「前にもあったよな、これ」「デジャヴ?」といった囁きにますます確信を得る。
聞いていた話の通りのリアクションに、いたずらが成功したみたいな気分になる。


「さんちゃんだよね!わー、カッコつけちゃって!元気にしてた?」

「ど、どうしてここに」

「翔平から聞いたの。久しぶりに会えるかなーって思って。来て良かったなぁ」


だらだらと冷や汗をかき始める彼は、街中ならばうっかり見過ごしてしまいそうな服装をしている。
まるで人から隠れるみたいなファッション、相変わらずなのね。
勝手にその手を取り、握手のようにしてみても、さんちゃんは何事かを聞こえない程度の音量で呻くだけだった。


「あんた、翔平とも坂東とも知り合い?」

「そうですー、幼なじみなんですよ」


傍らにいる、柔和な笑みを浮かべたお兄さんが話しかけてくる。
この人もまた随分と格好いい。
女性に慣れていそうな雰囲気が全身からにじみ出ている。
イケメンとはこういう人を指すんだろうな、と彼を見ていたら、痺れを切らしたようにさんちゃんが声を上げた。


「…、手離せよバカ!千歳も、こいつに関わらなくていいから!」

「なんだよ坂東のくせにー」

「あら、威勢のいいこと。元気そうで安心した」

「お前ここがどこか分かってんのかよ…、帰れ帰れ!」

「お店なんだからお邪魔したっていいじゃない。バーテンダーさん、ノンアルコールあります?」

「んー…割るためのサイダーと牛乳くらいやな」

「やった、牛乳大好き!それ一つくださいな」

「はいよ」

「草薙さん追い返さないんすか!」

「やって、可愛らしいお客さんやもんなぁ」


色のついたサングラスの奥で、笑う彼の瞳が意味ありげに目配せした。
私がさんちゃんと話すのを許してくれるらしい。
主導権はその人にあるのか、周りのお兄さん方も無碍にしないでくれている。
振り返って笑いかけると、さんちゃんは引きつった表情で後ずさりしようとした。
ので、空いていた手のひらも添えて、両手で彼の片腕をがっしり捕まえた。
逃げることないのに。


「なんでそんなに嫌がるの」

「お前な、幼なじみほど厄介な存在はいないんだぞ!無駄に過去知ってるわ偉そうにしてくるわ!」

「それ、さんちゃんの被害妄想だよー」

「あー、こいつ鬱陶しいとこあるからな」


背後を通りがかった誰かに肯定されて、私は視線を向けた。
他より低めの身長に少年のようにも響く声音、年齢は私と同じか少し下くらいだろうか。
スケートボードを抱えた彼は店に入ってきたばかりらしいのに、我が家のように随分とくつろいだ様子に見えた。
私とさんちゃんを交互に見て、わずかに眉を上げる。


「あんた誰?」

「彼の友人です。見ての通り」

「なーんか最近人の出入り多いんだよな…あー落ち着かねぇ」


彼がぼそっと呟いたあたり、ここは常連客の溜まり場みたいな場所なのかもしれない。
翔平とは少しメールと電話を交わしたくらいで、詳しいことは聞いていないのだ。
さんちゃんが落ち着く居場所を見つけるなんて珍しい。


「翔平は!」

「あ?見てねぇよ」

「誰かこいつ連れて帰ってくれよ…!」


スケボーの子にすげなく返されて、いよいよ声が上擦っている。
私に腕を掴まれているために脚だけをバタバタと暴れさせるさんちゃんは子供みたいだ。
目線を合わせてみるも、どうも不機嫌らしく「帰れよ」と目を逸らされる。
というか。


「室内でフードに帽子にサングラス?どこ見てるかもわかんないよ、さんちゃん」

「あっ、おい!返せよ!」


するりと黒のサングラスを外した先、驚いた瞳が私の手元を追う。
面立ちは、幼い時からそれほど変わらない。
思わず立ち上がった彼の弾みで、テーブル上のグラスの中身が揺れたのに気付いた。
「取り込み中やから、置いてあんで」と掛かる声は、バーテンダーさんの言葉である。


「これ、高い?」

「高い!いいやつなんだから!」

「そっか、でもサングラスなくてもいいのにね…そりゃっ」

「うお!?」


ぐっと前に踏み出して軽く手を跳ね上げれば、指先にはじかれたフードが後ろに落ちた。
戸惑った瞳が揺れる。
今は帽子のみを身につけた彼は私のよく知る姿で、少し嬉しくなった。


「せっかく可愛い顔してるのにねー」

「…はあ!?」

「本当だよ、ほら」


もう一歩距離を詰めて、片手のサングラスはテーブルに。
もう片方を伸ばしてその頬に手のひらを当てれば、心底驚いたようだった。
丸くなった瞳を見て、最後に帽子を取ってあげる。
されるがままな辺り、無防備な彼が変わっていないのだと知る。


「綺麗だよ、さんちゃんは」

「う、あ」

「久しぶりだね」

「それ、さっき、言ったし」


ようやく、といった様子で声を漏らした彼は抵抗もしてこない。
けれど、私は変わっていないさんちゃんに会いたかったのだ。
翔平から怪我のことを聞いた時は心配したけれど、すっかり元気になったようで良かった。
大人しい様子に幼い昔を思い出して、さらさらした黒髪を撫でる。
ぱちぱちと瞳を瞬かせたさんちゃんの頬が、また少し赤くなった。
「立場逆じゃね?」と誰かが呟いて、それを聞いた彼が慌てて私から離れた。


「いっ、いつまでガキ扱いしてんだよ!ふざけんな!」

「あらら」


驚異的な速さで元通りサングラス、帽子、フードと身につけたさんちゃんが背を向けて席に着いた。
完全に拗ねてしまったようである。
気付けば周りの人は皆、興味深そうにこちらを見ていた。
長居しすぎてしまったかな、とグラスに注がれた牛乳を飲み干した。


「じゃ、さんちゃんの安否も確認できたし。帰るよ」

「おー帰れ。今すぐ帰れ」

「ところで、駅ってどっちの方かわかる?」

「…は?方向音痴まだ直ってねーのかよ!」

「ここに来るまでも小一時間ほど…」

「すぐそこ駅前じゃねぇか!」

「坂東ー送ってったりーや、この子」


勘定を済ませるときに、バーテンダーの彼が言う。
その声は優しさよりも呆れが滲んでいたけれど。
ありがとうございました、と言えば「いーえ」と軽く返された。
心の底から嫌そうなさんちゃんの腕を引き、気分晴れやかに店を出る。


「お邪魔しました!」

「いいから、早く行けって」


やはり不機嫌そうな彼だけれど、私からすれば可愛いものだ。
根っこの部分はまったく変わらない。
翔平も言っていたけれど、人より少しネガティブな彼にはいいところもいっぱいある。
こうして並んで歩けばますます昔のようだと、言いかけてやめたのは、さんちゃんの懐かしむような瞳がサングラスの隙間に見えたから。





「で、あの子何だったの」

「坂東の彼女だろ」

「違う…!!」


20121019
それから毎日冷やかされるさんちゃん
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