とどのつまり、私も平介も面倒くさがりなのだ。 惚れた腫れたとか、告白するしないとか、付き合う付き合わないとか。 自分を制限するような何かは少ない方がいいのだと、目を向けず生きている。 なんて独善的で自己中心的で、快適を追求した生き方なのだろう。 そう言葉にしたとき、平介はぼんやり私を見上げ、鈴木は全力で無理解の意と怒りを顕わにし、佐藤は相変わらず読めない笑顔を浮かべていたわけだが。 「告白、されたって?」 「あなたね、その話題遅すぎやしませんか」 馴染みのない言葉は喉に引っかかるようにして出てきた。 聞けば件は数ヶ月も前の話だという。 クラスメイト(男子)が思い返すように言っていたことを、たまたまめぐりあった平介のサボり道中に付き合いながら尋ねてみたのだ。 予想通りどうでも良さそうな返事である。 しかし平介の体感時間でずいぶん前、と思うならば彼自身が出来事そのものを忘れていても不思議ではないはずだ。 それなりの変化、いや波風くらいを彼にもたらしたのだろうか。それは。 「何を思って平介なんだろう」 「こらこら」 「いや、本気で考えてみるからちょっと待って」 何か言いたげな彼を半ば押し切る形で言葉を返すと「どうせ俺なんて、」とぼやきだす。 平介が自己嫌悪? いや、これは不満が積もり積もって拗ねているだけのような気がする。 他人の発言を流して流して過ごす彼にしては珍しい。 やはり告白という出来事に何かしらの変化を受けて、平介の恋愛観に並々ならぬ変革が起こった可能性も無きにしもあらず。 とりあえず探りを入れてみよう。 「その後輩の人ってどんな人だったの?」 「…どこまであいつらから聞いたんですか」 「概ね、大体は」 「なら俺に聞いても変わらないよ」 淡々と平介は言葉を重ねた。 あいつら呼ばわりされた男子たちは確かに十分すぎるほどの情報をくれたので、野次馬精神とか好奇心とかってすごいなと思ったくらいだ。 けれど、何か欠けている気になる。 私は平介自身の言葉が欲しいのかもしれない。 直接、その声での結論を。 「好いてくれる人というのは貴重だよ、平介」 「なに、改まって」 「あきくんの好意もあまり無碍にするものじゃないって、私は思う」 「…なんかね。そんなの気にする性分だったっけ、名前」 なだめるようにぽんぽんと頭を叩かれる。 撫でるという感覚に程近いが、決して撫でたわけではない。 ごまかしたいのだ、私が柄にもなく面倒な話題に触れるから。 私だって、愛情とか恋愛感情なんて七面倒臭いと思っている。 けれど、話を聞く限り長谷さんという女性は恋に騒ぐような印象ではなかった。 平介を平介として見ている、女子の中では異例とも言えるそんな彼女を相手に、平介があっさりと結論を出した。 その事実が、なぜか私の疑問を消してくれない。 「少しでも付き合ってみようって考えはなかったの」 「なかった」 「相手を知ってみようって気持ちは」 「ないよ。これからも」 やけにきっぱりとした物言いをする。 もうこの話題やめていい?と今にも言い出しそうな平介の腕をつかんだ。 「じゃあ、ひとつだけ」 「…なに」 「告白を断った最大の理由は?」 教室ではないどこかへ向かう道すがら、二人揃って立ち止まる。 予鈴間近なために、廊下は人気がなくしんとしていた。 平介が無表情のまま、軽く息を吐いた。 そのため息はなんだか、ただ憂鬱とか面倒以上の感情を含んでいるようだった。 「別にね、自惚れないで聞いてほしいんだけど」 「一言目から暴言ですか」 「特に理由がないから問題なんだよな。まあ強いて言うなら」 私の言葉を無視して平介は至って普段の調子で続けた。 制服越しにひんやりとした感触が手のひらに伝わってくる。 腕冷たいな、平介。 「俺が誰かと付き合ったら、真面目な名前は俺から離れていっちゃうでしょ」 「…真面目?かな?」 「いや違うか。…律儀?みたいな」 「そうなの?」 「何にせよわかりやすく距離を置くと思うよ、うん」 分かりきっているような言い方をする平介に反論が出てこなかったのは、その通りだろうと納得したからだった。 私が思っている以上に、平介は私という人間を理解している。 真面目でも律儀でもないのだけれど、彼の予想には頷くしかない。 「離れるだろうね。それは」 「ね。それはなんだか違うといいますか、いやだからさ」 「いやなの?私が離れるの」 「名前といるの楽だからね」 「平介も楽な人だよ。だから他人に好かれるのかなって思う」 「ありがと」 別に褒めてはいない。 けれど、平介が特に嬉しくもなさそうに礼を言うから否定する気さえなくした。 ふと、平介の腕をがっちりつかんだままだったのを思い出した。 ものすごく細いわけでもないけれど、力強いとも決して言えないそれ。 ぼんやり視線を落としていると、平介は空いている手で私の手のひらを引き剥がしにかかっていた。 意外にもあっさりと離された手のひらは、するりと平介の指先になぞられたあとに、いつも通り重力に従って私の身体の横に落ち着く。 普段と変わらないはずなのに、どこか所在なさげに思えたことには口を閉じた。 平介がふらりと廊下を方向転換して言う。 「そういうわけで、これから屋上に付き合いませんか。予鈴が鳴ったあとで戻るのも面倒じゃない」 「別にいいけど」 「けど?」 「平介がつれてってね」 「?うん、わかった」 さっき軽く触れるにとどまったはずの指先がもう一度私の手のひらを持ち上げ、軽く握った。 そのまま私を引っ張るようにして歩き出した平介の背中しか見えないものの、彼は変わらず何も考えていない表情なんだろう。 その後ろで、自分よりずっと大きい手に攫われて、私はどんな顔をしていいかわからなくなった。 20120509 |