「お前が好きなら俺は嫌いだ」


それは何でもないように響いたけれど、鈴木の眉はくっと寄っていたから多少気遣ってはくれたんだろう。
この、言葉少なでありながら容赦なく私の心をざくざく抉った台詞に優しさは見いだせないが。
別に私は鈴木に告白していないし、かといって嫌いなわけではなく気持ちは裏返しの最高潮、つまり恋をしている。
しかし好きと本人に言う気は微塵もなかったのに。
二人だけの教室に落ちている沈黙は音がないはずなのに耳がきんとした。


「あ、やっぱ嫌いじゃねえわ」

「なんなの」

「嫌いとか、そこまでひどいこと思わねえ。ただお前が好き好きだだ漏れの奴だと、きっと苦手になる」


この先、と鈴木が呟いた四文字が果てしなく遠い未来だと信じたかった、けれど彼の言う「この先」はもしかしたら目と鼻の先くらいに迫っていて、今にも私と鈴木を引き離してしまうんじゃないだろうか。
そんな馬鹿らしいことを、考えた。
あながち間違ってはなさそうだ。


「そうだよな、お前女子だもんな」

「どういう意味」

「別に男相手だと思ってたわけじゃなくて。お前も成り下がっちまうんだな、ただの女子に」


敏感な男だからきっと分かってしまったんだなぁ、と。
私がどれだけ取り繕おうとしたって滲み出てしまう何か。
好きだ好きですこっち向け向いてお願い声が聞きたい名前を呼んで触りたい髪が綺麗細い目が好きたまに笑うとことかもう、ほ ん と う に
言葉にしてしまうとなんて汚いんだ、私の心。
それを悟られた。悟られてしまった。
いやだ。恥ずかしい。消えていなくなりたい。


「泣きそうな顔してんな」

「…」

「頭ん中でぐるぐる考えてるんだろ。俺の口の悪さにはへこたれないくせに、お前、馬鹿だから」


そうです馬鹿なんです。
最初から馬鹿だなって仕方ないなって鈴木は思っていたのかな。
私だってまさか、初めはちっとも、好きになるなんてこれっぽっちも。
今ではどうしようもなく鈴木が、この男が、好きです。


「…笑える」


ぽつっと自分の口から零れ出たそれのせいか、目からも何か出てきた。
何か、じゃないや。
分かってるくせに誤魔化すなよ。
情けなくみっともなく泣いてるのはどこの誰だ。


「笑えてないけどな、お前」

「…ひ、っく、」

「…俺も、笑えない」


恥ずかしい。恥ずかしい。
恋なんていらないのに恋は心地いい。そして痛い。
胸がぎゅうってなるから、そのまま締め殺してほしいよ。
もうどうすればいいのか分からない。
普通に話ができていた頃に戻りたいけど。
今まで見てきた鈴木は忘れたくないな、なんて。
我が儘だからやっぱり死んでしまえ。


「あまり思い詰めんなよ」

「…む、り」

「そう言うな。気持ちに応えるのは俺にはできない。友人でいいなら、居てやるよ」

「ひっどい男、だなぁ」

「しょうもない女に言われたかねんだよ。で、どうする?」


ゆらゆら滲む視界で見上げても、鈴木は同じとこに居て、いつものように喋ってるだけだ。
期待なんてしてなかったけどさぁ。
鈴木のこと嫌いになりたい。
あ、訂正。
私のことを顔見たくないくらい嫌いになってよ。なろうよ。
その方が痛くないと思う。


「鈴木が嫌いなら私も嫌い」

「何だそれ」

「…願望です」

「嫌われたいのか」

「やだ」

「ほんと、しょうもねえな」


くだらなくても、笑ってくれればなんだか救われる。
そんな気になる思い込み。
吐き出したため息に全部込めて捨てられたらなぁ。
なんでよりによって大事な幸せが逃げていくんだろう。
こういう意味のない話をしたいんだ。
それで笑ってくれれば。
救われるんじゃない、私が嬉しい。
とりあえず引っ込め涙。
鈴木の顔が見えない。


メロウ・チョコレイト



20110923
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