拭いても拭いても、血や泥やよく分からない汚いものであっという間に汚れていく床を拭くのが私の仕事だった。自分が物心ついた頃から所属している場所がマフィアというものであることは分かっていた。そうでなければ、ロビーの絨毯はこんなに頻繁に換えないと思う。体のあちこちに血を滲ませた人が帰ってきたり、もしくは二度と帰ってこない人がいたり、そんな日常をロビーの床磨きとして眺めるのが私という存在だった。
ずいぶんと昔、和服の美しい女性が「此処がお前の持ち場じゃ」と背中をさすってくれた。それ以来、私は長いこと他人と口を交わさなかった。異能を持たず、きっと一生を下働きで終えるか、たまに此処へと足を踏み入れる怖い集団の流れ弾で死ぬか、その程度の未来しか見えなかったけれど、特に不満は無かった。
或る日、この組織の首領を出せと云って、武装した集団が大勢ロビーに雪崩れ込んできた。私が知る限り、これ程までに多くの敵が踏み入ったのは初めてだった。いつも控えていた黒服の男性が数人、瞬く間に撃ち殺された。これは拙い、と当てもないのに誰かへ報せに行こうと立ち上がった私を、武装した集団が振り返る。殺される。そう思った瞬間に、彗星が落ちたかのような揺れと衝撃がロビーを襲った。
砂埃が収まった頃にようやく目を開けると、武装した集団は誰一人として姿が見えず、よくよく目を凝らすと地面に倒れ伏していることが分かった。大人の男が重なるように倒れている中で、人影がひとつ見えた。小柄な少年だった。私とそう年齢は変わらないように見える。あんな年の子、いたんだ。思いがけない出会いに私は、呑気にもそんな風に思った。彼は上階へ戻ろうと踵を返し、立ち尽くす私に目を留めた。
この人が、彼らを一瞬で伸してしまったのだろうか。信じられない気持ちで雑巾を握りしめていると、少年はごくつまらなそうな表情で歩き出した。そして一歩踏み出したところで、彼の靴にべっとりと付着した血液に気が付いたらしい。
彼はポケットに手を突っ込んだまま歩き、私の目の前で静止した。彼はすいと片足を差し出して、当たり前のことのように云った。

「拭けよ。手前の仕事だろ?」

それが中原くんとの初めての会話だった。

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