「またその映画か」

私の背中にかけられた声は、やや呆れ気味だが、冷たい響きはしていなかった。ソファーの上でくるりと向きを変えて見やると、海斗くんがブランケットを差し出すようにして立っている。彼が別の部屋で集中して台本を読むと言ったので観始めた映画は、ずいぶんと展開が進み、私は暖房をつけるのも忘れて見入っていたようだ。お礼を言って受け取ると、海斗くんは当然のように隣に座った。
俺たちが並んで座るにしては小さいんじゃないか。二人で暮らす部屋にソファーを買った当初、座ったときの密着ぶりに不平をこぼしていた照れ顔が懐かしくもあり、いまの彼の仕草を嬉しくも思う。私の膝にあったブランケットを広げて、海斗くんにも掛けてあげる。ひとつのものをふたりで分け合う。最初はお互いが照れ臭かったことも、いまでは私たちの当たり前になっている。ぴたりとくっついた肩があったかい。
横から見た海斗くんの瞳には、テレビ画面のさまざまな色の光が映り込んできらきらしていた。彼の真一文字だったくちびるがほどけて、言葉を落とす。

「ふしぎだ。お前は同じ映画を何回も見る」
「海斗くんだって、ひとつの作品を繰り返し見ることはあるでしょう?」
「それは演技の勉強のためだ。俺は映画だったら基本的に一度きりしか観ないし、映画館で観る。こうして家で、同じ映像が繰り返し流れているのは新鮮な感覚なんだ」
「ミュージカルだったら?」
「こんなにたくさん観ることは…、ない」

不自然に間があったのは、お兄さんの作品について考えていたりしたんだろうか。お兄さんのことを直向きに尊敬している海斗くんを、私はまぶしく思う。大好きと憧れと、もどかしさが入り混じる感覚ならば、私も一度高校生のときに経験した。けれど、海斗くんの感情は、私とは比べるべくもない。そして、いまこの瞬間も、懸命に役者として努力する彼のことを、私は本当に尊敬している。

「人生はチョコレートの箱のよう。食べてみるまで中身は分からない」

ふいに、彼の呟いた台詞が、映画のワンシーンと重なった。その台詞は主人公の母親の口癖で、それぞれの口調はほんの少し違うものの、タイミングがばっちり揃っていて、海斗くんと主人公の母の姿が重なって見えた。彼が吹き替えの役として声を当てたかのような演技に、私は驚いて言葉が出てこなかった。

「何度も観ているからな。覚えてしまった」

こちらを向いて笑う海斗くんは、呆れたようなのに楽しそうで、私は感嘆の声をあげた。嬉しくなって、狭いソファーで海斗くんの腕にくっつく。

「すごい。さすが!」
「いや、この程度の台詞を覚えるくらいで騒ぎすぎだ。馬鹿にしてないか?」
「してないよ!」

私のリアクションを大げさだと思っているらしい海斗くんは、暫しあごに手を当てて考えていたかと思うと、何でもないように提案してきた。

「何なら言ってやろうか。高校生のときの、お前の告白。一言一句覚えてるぞ」
「えっ…それは、恥ずかしいから、だめ」
「──あなたのこと、友達だと思っていたけど本当は」
「わあ!やめてよ!」

私が大きな声を出して海斗くんの口をふさごうとすると、その手のひらを避けて、海斗くんは可笑しそうにわらっていた。彼の子どもみたいな笑顔を見せられると、私は胸が苦しくって反論どころではなくなってしまう。私たちがわあわあと暴れたせいで、床に落っこちたブランケットを海斗くんが拾いあげた。
お気に入りの映画。大きめのふかふかのブランケット。二人分にはちょっと狭いソファー。隣にいる大好きなひと。ふいに、幸せという言葉が頭に浮かんだ。私のエンドロールは、ここがいい。

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