クリスマス?子供じゃあるまいし、ここ数年は大したことしてねーよ。別にケーキも食わねえな。ツリーが家にあったかどうかも記憶にない。…なに、お前、そういうのしたいわけ?

世界で一番かっこいい彼氏がそんなふうに言うのであれば、私はふるふると首を横に振るしかなかった。廉は意地悪で物を言っているわけではなく、それがストイックな彼なりのクリスマスの過ごし方であることが伝わってきたからだ。最後の質問も、決して威圧的ではなく、興味本位という口振りだった。だからこそ、「別に、したくないよ」って答えた。廉が私よりずっと忙しい日々を、努力しながら過ごしていることは分かっていたから、私の価値観を押し付けてはいけないと思った。ちゃんと笑って言えたことを後悔はしていない。うそ。ちょっとだけ、後悔している。

廉は、あまり寒さに強くないほうだ。夏のあいだはどんなに暑くても、汗をどんなにかいていても平気そうに、むしろ心地好さそうにしていた。けれども、冬の足音が近づくにつれて、廉の口がへの字になって動かないことが増えた。私は暑さにめっぽう弱く、冬のほうが好きな季節なのだけれど、その時はじめて、廉があまり喋らなくなるから冬は嫌だなと思うようになった。
少しでもいいから、廉に冬をいいものだと思ってほしい。そう思って、クリスマスは二人で楽しく過ごせたらなぁ、と考えていた矢先だったのだ。廉にとって、クリスマスが特別な日ではないと知ったのは。

「しかたないよね」

一人で呟いた言葉は、部屋の暖かい空気に溶けていく。しかたない。この言葉は、年を重ねるごとに使うことが増えている気がするけれど、こんなに悲しい「しかたない」は、はじめてかもしれない。暖房のきいた一人暮らしの部屋、ソファーの上でブランケットにくるまりながら、もそもそと足を動かした。
廉にとって特別な日ではないなら、私にとってもそうではない。そう思って朝から、今日がクリスマスイブだということを意識しないように過ごしている。我が家には、一人暮らしの先輩である兄のお下がりのテレビがあるけれど、今日は電源をつけないと決めていた。この部屋に赤と緑の色のものは置かないようにして、晩御飯はおでんのつもりで、すでに用意してある。ホワイトクリスマスの可能性大、なんて数日前のニュースで言われていたくらい、今日は寒いからちょうどいい。ここまで徹底していると、虚しさも増すようだ。
わざと目にしないようにしているスマホは、少し離れたテーブルの上にあった。廉から連絡があるかも、などと思ってはいけない。今日はお家の用事と稽古があると言っていた。先程からちっともページが進んでいない文庫本を開くも、ものの数秒で閉じてしまった。テレビとスマホを奪われた私は、こんなにもすることがない。現代人め。
ソファーにもたれかかって、ずるずると沈み込む。うとうとするたびに、窓の外はどんどん暗くなっていく。もうすぐ20時だ。大きな鍋に仕込んである、おでんの大根もようく味が染みた頃だろう。スマホの画面が、何かの通知で光った。遠目にも、未読のメッセージが溜まっているのがわかる。寝起きの重たい体を引きずり、真っ暗な室内に電気を灯した。その時だった。
ピンポーン。チャイムの音が鳴り響き、私はびっくりして電気のリモコンを取り落とした。今日は徹底的にクリスマスらしくない日を過ごすと決めている。来客の予定はないはずだ。ピンポーン。ピンポンピンポーン。

「わ、わかったから、ちょっと待って…」

連打されるチャイムに、ブランケットを床に落としてスリッパを左右逆に履きながら、私はあわてて玄関に向かった。信じられないほど胸がドキドキしていた。こんなに容赦なく、我が家のチャイムを鳴らす人を一人しか知らない。
ガチャリ、とドアを開くと、身を切るように冷たい風が吹き込み、頬に冷たい粒がいくつも当たった。雪が、降っている。

「…おっせえ。早く入れろ、寒い」
「廉…?」

期待通りの来訪者に、私はまだ理解が追いつかず、その姿をまじまじと見た。廉は、ダウンジャケットにマフラーをぐるぐると口元まで巻いて、裾が濡れたジーパンとスニーカーを履いていて、寒そうに肩を縮こめている。髪と肩には薄く雪が積もっていて、鼻と頬が赤い。眉間には深いしわがある。私が知っている、寒がりで冬が嫌いな廉だ。

「マジで、中に、入れろ。死にそうだから」
「ご、ごめんごめん!入って!寒いよね!」

私は廉の腕を引こうとして、冬の間はポケットに入れっぱなしのはずの廉の手が、何かを持っていることに気付く。ドアを閉めて、風の音が聞こえなくなって静まり返った玄関で、私はぽつりと呟いた。

「…なんで?」
「だってお前が、食いたいと思って。…いらなかったんなら、置いとけ。ありえねーくらい並んだけどな。クリスマスってだけであんなに混むか?ふつう」

私の目の前にずいと突き出されるクリスマスケーキの箱を、今年一番のクリスマスプレゼントだと思った。私は胸にこみ上げる強い感情を言葉にしようとして、やっぱりできなくて、廉の髪と肩に積もった雪を払ってあげた。それから手を伸ばして、その冷たい頬と、耳まで覆うようにふれた。廉は、ほうっと息を吐き出して目を閉じた。

「めちゃくちゃあったけえ」
「そうだよ。だって今日はずっと家にいたんだもの。廉こそ、用事は?」
「終わったから、今ここにいるんだろーが」

目をぱちりと開いた廉は、私の手に、手のひらを重ねる。冬には珍しく、廉が勝ち誇ったように笑みを浮かべる。なきむし。そう囁かれた声は、いつになく楽しそうで、穏やかな甘さを含んでいた。

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