彼と手をつないで行く先は、必ず毎回違う場所だった。一体どこにそれほどのデータベースがあるのか、入夏はデートの行き先に様々な場所を提案した。水族館や映画館といったスポットは分かりやすいほうで、公園のブランコや居酒屋通りのガードレールなど、場所と呼べるのか怪しい場所も多く、そもそもこれをデートと定義するものか悩むこともあった。
「なんで毎回違う場所をえらぶの」「これってデートなのかな」という言葉は何度喉元までせり上がってきたか知れないが、そのようなつまらないことを言う女の子は、きっと彼は好きじゃない。そう思うたび、私は疑問を飲み込んで、胸がつっかえたような心持ちになるのだった。

彼と一度行った場所に、もう二度と彼と行くことはない。その事実はまるで、爪痕のようだと思った。人間とは分かりやすいもので、「はじめての記憶」が何より鮮明であることが多い。水族館も映画館も、もちろん私はこれまで生きてきて何度だって行ったことがあるけれど、「入夏と行った水族館」や「入夏と観た映画」というものはたった一つきりしかない。
たとえば水族館で、イルカショーの席が満席だったから、壁沿いに立って、途中疲れて入夏に半分くらいもたれかかって見てしまったなあ、とか。
世間では評価が高い邦画を観に行ったものの、入夏は至極退屈そうで、映画の後の帰り道に、一切映画の話題が出なかったなあ、とか。
そういった、些細でどうでもいいことまでもが、鮮やかにくっきりと記憶に残っている。
くだらないやり取りも、少しだけ感じたぎこちなさも、新しい思い出で上書きされることはない。そして入夏が残した爪痕は、たとえ彼以外の誰かと何処かへ行った時でさえ、顔を出す。私は映画館に行くたびにつまらなさそうな入夏の横顔を思い出しては胸がざわつくのだった。私にさまざまな爪痕を残す彼に、はたして私は爪痕を残せているのだろうか。残せていない気がする。だって彼は、誰といてもからっと晴れたように笑っている。
それでも。私は彼がいろんな場所に行った帰りに、音にもならない何かを口ずさむのが、それを聴くことが大好きだった。私と彼の思い出はすべてが唯一である代わりに、そのメロディーに至らない何かも、その時々の唯一のものだった。
私には理解できないあなた。きっと、本当にたくさんの音符が彼の頭の中を踊っていて。そこに私がいなくたって構わないのだと、思うようになってしまったのはいつからだろう。

「なんでそんな寂しそうな顔してんの?ここにオレがいるのに」

そんなことを言って、さっきまで私がいることさえ忘れているような顔をしていたくせに。それでも目が合えば、果てのない海のような青に捕らわれてしまえば、私は唇を撫でる彼の指先を拒むことなどできない。大人しく目を閉じて、飲み込まれるのを待っているだけ。

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