「うん。いちごパフェ。そうだ、それにしよう。うん、決まり」

そう言って辰己は開いていた、まち散歩特集の雑誌を閉じてしまった。ちなみに、その雑誌には古書の置いてある喫茶店とか、古本屋の多い通りとか、奥ゆかしい雰囲気のスポットが載っていた。その中には、いちごパフェの「い」の字すら無かったはずだし、あったら私でも気付くだろうと思うほどに、それは似つかわしくない発言だった。辰己がどこからそのスイーツを思いつき、納得して、雑誌を閉じたのかわからないまま、私は繰り返した。

「いちごパフェ?」
「そう。いちごパフェ。今度のオフはそれを食べに行こう」

私たちは図書館にいた。図書館といっても、絵本や学術書ばかりの蔵書ではなく、さまざまな雑誌の最新号が置かれているような、近代的な大きな図書館だ。図書館と一言で表すより、この街の文化的な交流スペースといった印象が近い。私たちは、学校帰りによくそこで待ち合わせていた。辰己は新進気鋭のミュージカル学科生であり、なかなか会える時間は多くない。それでもお互いが気兼ねなく読書をして相手のことを待てる環境として、彼が提案してくれたのがこの図書館だったのだ。
今日は、辰己が今度の休みにどこか行こうか、とインドア派の彼らしからぬ珍しい発言をしたため、お出かけの候補地を探していた。やはり彼の趣味としては本にまつわる静かで落ち着ける場所がいいのだろうな、という方針で観光雑誌を眺めていたおかげで、私は彼の先ほどの言葉にとても驚いたのだ。
しかし、雑誌を何冊かパラパラとめくっていた辰己は、程なくして「よし」とでも言いそうな表情で、いちごパフェを食べに行こうと言った。そして、広げていたいくつかの雑誌をテキパキと元の書棚に片付け始めた。彼の中では、その予定はもう決定事項らしい。一歩出遅れつつ、彼の片付けを手伝おうとすると、手のひらからひょいと雑誌を奪われた。そのまま、私より白くて綺麗なんじゃないかと思う指先で、辰己は雑誌を棚に仕舞う。図書館に来ると、思い知らされる。辰己は私よりずいぶんと背が高くて、頼もしいのだ。

「他の場所が良かった?」
「…ううん。行きたい」
「楽しみだね」

覗き込むように問われ、私は素直な気持ちを口にした。辰己は頭がいいから、たまに私が想像するよりずっと早く物事を理解している時がある。今回もきっとそのパターンで、彼の意図は分からなくとも、貴重な彼の休みは彼の過ごしたいようにするのが一番いいと思う。それにしても、辰己の好物といったら癖の強い味の食べ物の印象ばかり残っているので、なかなか彼といちごパフェが結びつかない。まるで月皇くんのようなことを言うものだと、その時の私は少しの違和感しか抱かなかった。

しかし、後日。辰己が指定した駅で待ち合わせて、お店はこっちだよと案内されるままにたどり着いた場所に、私は目を何度も瞬かせた。
絵本に出てくるみたいに可愛らしい外観のカフェと、目にも鮮やかなフルーツケーキやパフェなどのメニュー写真、そして女の子たちの行列。それは何度も見たことがある光景だったのに、現実で目にするのは初めてだった。それは私がずっと来たいと思っていた喫茶店で、特集が組まれるたびに雑誌やテレビでチェックしていた場所に他ならなかった。そして、一番食べたかったのがいちごパフェ。驚く私をくすりと笑って、辰己は私の手を引いて列の一番後ろに並んだ。列は長さの割にあっという間に進み、私たちは窓際の木漏れ日が綺麗な席に座った。
物言いたげな私の視線をかわすように、辰己はスイーツなどが載ったメインメニューをくるりと回転させて、指先ですいとこちらに押し出した。私がいくらでも見られるようにと。そうして、自分はドリンクメニューを眺めている。

「俺はコーヒーだけでいいかな」
「…辰己!」

挙句にそんなことを笑顔で言うので、私はたまらず彼の名前を呼ぶ声に力がこもった。きっと私は、思いがけないプレゼントを受け取った小さな女の子みたいな表情をしているに違いない。こちらを見つめ返す辰己の表情が甘いから。どうしよう、と思った。憧れの喫茶店に来たのに、辰己の姿ばかりが私の網膜に焼き付いて離れない。そして、それを幸福だとも思う。

「俺はいちごパフェを食べに行こうとは言ったけれど、食べたいとは言ってないよ?」

少し意地悪にも思える言葉をこぼして、辰己は微笑んだ。たしかに言ってなかったけれど。口ごもる私に、辰己は言葉を追加した。

「だって、なまえが食べたがっていたんじゃないか。ここのいちごパフェ。それなのに、図書館では一言も口に出さなかった。俺の趣味に合わせた場所ばかり探してた。海斗にはここに来たいって話をしていたのに、秘密にされちゃったから、これは俺の仕返し」

完敗だ。そんな言い方をされては、「なんで最初に言ってくれなかったの」とは言えなくなってしまう。そもそも、彼に隠し事をしていたのは私なのだから。けれど、私は辰己の休日は彼の行きたい場所に行くべきだと思った。そして、辰己もそんな私の気持ちを分かっていて、私が行きたがっていた場所をデートの行き先に選んだ。結局、私たちはお互いのことが好きすぎるのだ。なんて、恥ずかしいから口にはしないけれど。

「…ああ。ひとつ訂正。さっきはコーヒーだけでいいって言ったけれど」

ドリンクメニューも閉じて私の方へ向けると、辰己はテーブルに頬杖をついてこちらを見た。はずみで、彼の柔らかな金の髪がほんの少し、透き通るような翠の瞳にかかる。

「なまえのいちごパフェを一口分けてくれたら嬉しいよ。だめかな」

彼の笑顔とささやかなお願いを、私が拒否できるとでも思っているのだろうか。私は小さく頷くだけに留めて、恥ずかしさを紛らわすために店員さんを呼んだ。

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