いじわるな人が嫌いだ。
この思想はなかなか根が深く、小学生の頃にクラスメイトの男子に、明確な理由がないのに毎日からかわれていたことが原因だと思っている。高校生になった今では、あの頃は自分も子どもだったな、と思うこともあるけれど、その程度の達観では苦い思い出は消えてくれない。やはり、根が深い。
いつからか、小学生の私は王子様のように優しい素敵な人と恋ができたらなぁと考えるようになっていた。さすがに今では王子様などという夢見がちなキーワードは口に出さないけれど、優しい人が好きなのは本当だ。誰だって、一緒にいるなら優しい人がいいはずだ。厳しい言葉より、思いやりのある言葉がいい。それは私だけでなく、人類の総意に違いない。それなのに。

「どうして廉なのかなぁ…」
「は?」

ベンチに腰掛けて、頬杖をついて足をぶらぶらさせていたら、隣からいかにも「気に食わない」と言いたげな声音が飛んできた。本人の前でうっかり心の声が漏れてしまったが、特に焦りはない。今までも隠し事はしない方針で彼と付き合ってきたが、その時々で廉が怒ることはあれど、私の本音を聞いて彼が愛想を尽かしたことはなかった。それなりに愛されているのだと、最近ようやく自覚して、私は嬉しい。
お世辞にも性格が良いとは言い難い。廉の言動を見ているとそう思う。そして、私はなぜこの人を選んだのだろう、という気持ちが湧き上がる。不満なわけじゃない。疑問に感じているだけだ。なぜ、廉なのか。
私は視線を廉からベンチの正面に戻した。ここは遊園地で、目の前にはキッズプレイスペースがある。各々自由に遊び、笑い、転んでは泣き、あやされてまた笑顔になる子どもたちを見ていたら、昔のことを思い出してしまった。小さかった私は弱虫で、何かあるとすぐに泣いていた。今思うと、少し情けなくて恥ずかしい。

「おい、さっき俺の名前出してただろーが。何かあんならはっきり言えよ」
「…言ったら怒らない?」
「怒らないから」

そう言って、廉が怒らなかったことはほとんどないのだけれど。仕方ない、有罪と言われることは覚悟しておこう。私はぽつりぽつりと話し始めた。昔の苦い記憶。王子様みたいな男の子に憧れていたこと。当時の理想と廉は、かけ離れていること。
意外にも、廉は私の話にじっと聞き入っていた。「俺が気に入らないなら付き合わなきゃいいだろ!」くらいは言われると思っていたので、もしかしたら想像するよりずっと怒っていて口数が少なくなっているのかもしれない。
私が言葉を切ったきり、辺りには子どもたちが遊んではしゃぐ声だけが響いている。賑やかなのに、私の心中は寂しさに満たされて、思わず廉の顔を覗き込む。彼が大人しいと不安になる。

「馬鹿」

優しくない言葉が降ってきて、額を軽く小突かれた。思った以上に厳しい反応に、私はうめいて額を押さえてしまう。痛みより、不意をつかれたことに驚いた。
廉は怒っていなかったけれど、不機嫌だった。私は本音を話している時、あまり彼の目を直視できない。その澄んだ瞳と向き合ってしまうと、つい本音を誤魔化したり別の話題を始めたりして、心が逃げそうになる。けれども廉は、私の本音を聞いた後は絶対に私から目を逸らさない。まるで世界に私一人しかいないみたいに、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「お前、最初に嫌な思い出って言ったくせに喋り続けただろ。嫌なことを無理して話せとは言ってねーよ。…まあ、聞けて良かったけどな」

小さな声が付け加えたので、目を瞬いていると、呆れたように「お前のことなら、割と何でも知りたいんだよ」と、嬉しいような反応に困るようなことを言われた。
廉はため息を吐くと、わずかに座り直して私との距離を詰めた。廉の手のひらが、私の膝の上で握っていた手をほどいていく。無意識に力が入っていたらしい手のひらに視線を落として、廉はこぼすように呟いた。

「その頃に俺がそばにいたら、絶対にお前のこと守ってやったのにな」

そうやって、叶わないと知っていながら、惜しんだように話す彼が、好きなのだ。私の話を聞いて、少しだけ目を細める仕草が優しいことも含めて。
なぜ、廉なのか。そんなことは考えるまでもなかった。私の言葉を真っ直ぐに受け止めて離す気配がない、廉のことが好きだと思ったからだ。今日まで苦い思い出が顔を出さないくらい、私は彼に夢中だった。その自覚は、あまりにも気恥ずかしい。
私の中の、小学生だった私はもう泣いていない。だって目の前にいる。私だけの、彼が、その人が、待ち焦がれていた男の子が。

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