ひとり暮らしの部屋のキッチンから、微かなメロディーが聴こえてきて顔をあげた。俺がひとりでいるだけならば静寂を保つ部屋が、やけに賑やかさを保つとき。それは大抵彼女が来ている時だった。
この寒空の下、ケーキを買うためだけに行列に並ぶとか正気じゃないよね。数日前にネットニュースを見ていた俺がそう言ったのをきちんと覚えていたらしい彼女は、この家のインターホンを鳴らしたときには既に有名店のケーキの箱を持っていた。それを掲げて「一緒に食べよう」と得意げに微笑まれるとなんだか面白くなくて、「ひとりで並んで買ってきたわけ?」という、見れば分かる状況を尋ねてしまいそうになった。「とりあえず入れば?」と促した自分の声はやけに低くて、素っ気なかったと思う。
彼女は、ケーキに合うかわいいお皿がないだの、食器が少なくて侘しいだの、ひとりでもキッチンで騒がしくしていたのでケーキの行く末は任せてリビングで待つことにした。食器棚を漁る音が静かになった頃、キッチンから上機嫌の鼻歌が聴こえてきた。
浮かれてるなあ、と思いつつ、たまに音を外すクリスマスソングを鬱陶しいとは思わなくて、しばらく聴き入っていた。なぜかサビばかりを繰り返しているうろ覚え具合が気になって、ついキッチンを覗き込んだ俺も物好きだと思う。

「そろそろケーキをいじめるのやめたら?」
「い、いじめてないし!切り分けてるだけだよ!」

俺的には拷問に見えなくもないケーキの切り分けの下手くそ加減に、意識をしていない笑みを浮かべていることに気付く。苺のミルフィーユなんて、切り分けにくいことこの上ないものを考えなしに買ってきて、今更苦戦している様子が伝わってきた。さっくりとしたパイ生地の隙間からカスタードクリームがはみ出し始めている。

「さっきから同じメロディーばかり繰り返してるよ。いろんなことを同時に出来るほど器用じゃないんだから、ケーキを切るのに集中すれば?」
「メロディー?」
「まさか無意識?こんな感じの、歌ってたよ」

なぞるように、先程のメロディーを真似て口ずさんでみる。意外そうにまばたきを繰り返した彼女が、こちらをじいっと見つめてきた。

「なに?」
「聖とクリスマスソングって、似合わないね〜」
「ハハハ。音痴に言われたくないんだけど」
「それはたしかに。聖が歌うと私が歌うより素敵に聴こえるよ」

馬鹿みたいに素直なところに呆れるのは、こいつと付き合ってから何度目だろう。意識を逸らすように、切り分けられたケーキの方へ目を向ける。その中でまだ一番形が整っているケーキが乗ったお皿をひょいと持ち上げた。

「あ」
「これもらうよ?」
「だめだよ。それ、一番小さいし。チョコプレートも乗ってないやつだよ」
「お前が食べたくて買ってきたケーキなんだろ?あと別に、チョコプレートに魅力感じないから」
「そう?じゃあ、私はこれにしようっと」

チョコプレートが乗ったケーキのお皿を嬉しそうに持ち上げて、単純で素直な彼女が笑う。同じテーブルに向かい合って座ると、その笑顔ばかりが視界を埋め尽くすのは仕方のないことだ。俺の家には二人用のテーブルしかないのだから。
電気ケトルでお湯を沸かして紅茶を入れて、派手ではないささやかなクリスマスを味わう。やや斜めに傾いているミルフィーユにフォークを差し込むと、軽やかで香ばしい音が鳴った。口に運んだケーキはほど良い甘さをしている。

「へえ。美味しいね」
「でしょ!」
「見た目がコレじゃなかったらもっと良かったんじゃない?」
「しつこいな!ちょっとは優しくしてよ、聖」
「そういうの俺に求めないでくれる?ガラじゃないからさあ。ともかく、来年はちゃんと切りやすそうなケーキを見繕ってやるから、買いに行く前に連絡しろよ?」

今日で一番嬉しそうな顔しちゃってまあ、いいけど。華やかなケーキの味が急に甘ったるく思えて、笑いながら紅茶を一口飲んだ。

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