「あ、はい。南條です。合ってます」

南條さんのお宅ですか。その質問に対して返答したところで、目の前の宅配のお兄さんの背後にかかる影。お兄さんより頭ひとつ飛び出て、こちらをじっと見ているのは紛うことなき、この家の主だった。聖が「どうも」と声を掛けると、宅配のお兄さんはびっくりしたように振り返り、私と聖を代わる代わる見比べていた。

「サインでいいですか」

聖は左手で軽く髪をかき上げたあと、右手で宅配のお兄さんからペンを受け取った。伝票にさらさらとペンを走らせると、そのまま荷物をひょいと受け取って家の中へ入ってきた。
ガチャン。扉が閉まる音と、玄関の扉に寄り添うようにして立っている、私と聖。

「おかえり」
「ただいま。俺宛ての荷物、受け取ろうとしてくれたんだ?」
「うん。ちょうど聖が帰ってくるとは思わなかっ、わっぷ」

ぺし、と軽い音とともに伝票が額に当てられた。痛くはないものの、視界を覆ったそれに変な声をあげてしまう。伝票がどかされたあと、見えたのは呆れたような聖の笑顔だった。

「有り難いけどさ。くれぐれも注意しなよ?近頃物騒なんだし。配達人を装った犯罪とか、珍しくないよ」
「うん」
「ホントにわかってんのかね〜、こいつは」

狭い玄関に二人で並んでいると、どうしても窮屈だ。そう思って、先に靴を脱いでリビングの方へ行こうとすると、聖も同じように靴を脱いだ。少し屈んで靴を揃える習慣が身についているところを、好ましく思う。
聖は、先程受け取ったばかりの荷物を数秒ほど見下ろしたのち、玄関の脇に下ろしてしまった。そして、私の首にするりと腕が回されたかと思うと、洗面所のほうへ引きずられる。

「えっ。なに」
「別に何も。俺は外出から帰ったから手洗いとうがいをするだけ」
「いや私が一緒についていく必要は、」
「ついてこない理由もなくない?」

こういう時、私は彼に口で勝てた試しがない。そもそも、今こうして彼と同棲をしているのだって、「家賃が安くなるよ」「家事が分担できると楽じゃない?」といった彼の甘言に、耳を貸してしまったのが発端だった。自分の思い通りにしたくて、意外と言い出したらきかないところがある。そこも、何事にも執着がなさそうな聖にしては珍しい一面であって、私は結構好きだ。
洗面所で手を洗う、彼の広い背中をじっと見つめて待つ。大きな背中だ。先程応対した宅配のお兄さんを警戒していたわけではないけれど、彼の背後に聖の姿が見えたときに私が覚えたのは、明らかに「安心」に近い感情だった。一緒に暮らすことで、その感覚は以前よりも強くなったように思う。
ふと、洗面所の鏡越しに聖と目があった。わざと視線を逸らすのもおかしいので、暫し鏡を通して見つめ合う時間が数秒。タオルで手を拭いてから振り返った聖は、わずかに目を細めて言う。

「どうかした?」
「聖、今日はなんだか機嫌いいね」
「機嫌いい?俺が?」

今度こそリビングへ向かおうとする私の後をついて歩きながら、聖は意外そうな声を出した。一緒に暮らしているとはいえ、聖はあまりべたべたとスキンシップが多いほうではない。帰ってくるなり、そばにいたがるなんて、余程酔って帰ってきた時くらいだと思っていた。

「機嫌良くなるようなことなんて何も…。あー、なるほど」
「?」
「あの響きが心地よかったんだよね。『南條です』ってやつ」

聖は思い返すように間を置いたあと、少し意地の悪い顔で笑った。たしかに、そう名乗った。名乗るしかないじゃないか。ここは聖の家なのだから。
彼の言葉を意識して頬に熱が集まりそうだったので、私はあえて強気に返答する。

「当たり前じゃない。それくらい」
「そうだよね〜、一緒に暮らしてるんだから当たり前か。でも、お前が俺の名字を名乗るのは、特別気分がいいかも」

低く耳を打つ、素直でまっすぐな言葉に思わず振り返ると、大きな手のひらが私の頬を撫でた。親指が、愛おしそうに輪郭をなぞる。彼の手が冷たいのは、さっき手を洗ったからだ。そうに違いない。
認めたくない私をきっと知っていて、聖は言わなくてもいいことを口にする。その楽しげな声も、やっぱり私は大好きでしかたない。

「ふ、やっぱり頬あっつい。照れてる」

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