「私たち、別れたほうがいいと思う」

口にしてから、首を振った。
ううん、この言い方はちがう。
責任を分け与えるような形では、ずるい。
本当のことを言わなくては。

「ちがうね。私が田噛と別れたいの」

見つめた先で、田噛は相変わらずどよんとした瞳をしていた。
それなりの期間を一緒に過ごしたはずなのに、考えていることがまったくわからない。
悲しんでいるのか怒っているのか焦っているのか、本当になんとも思っていないのか。
そうして私が彼の瞳に戸惑うことを知っていながら、彼はいっさい言葉によるフォローをしてこなかった。
そういう性分なのだ。
私とは何もかもが違ってしまっている。

「田噛といてもちっとも楽しくない」

子供のような言い分だな、と我ながら呆れる。
けれど事実だ。
付き合いたてで盲目だった頃は嬉しさや恥ずかしさが勝っていたさまざまも、今ではすれ違いと不安を感じることばかりになった。
私と田噛はただ一緒にいるだけで、恋人とは呼べないのではないだろうか。
そのような思いが何度もよぎり、今日になって伝えようと決めた。
よくあるつまらない別れ話だ。

「俺は」

田噛がようやく口を開いた。
きっと私の望むようなことは何一つ言わないんだろう。
覚悟はしていたけれど。

「俺は、お前が楽しくなくても構わない。苦しくたって、俺のことだけ見ているなら満足だ」

私はまばたきひとつ、上手くできなかった。
田噛は世間話をするような調子で、私が理解できないことを滔々と話す。
この人は何を言っているの?

「もう一度言ってやろうか。お前が楽しくない、困っている、不安だ。それはお前と俺が別れる理由にはならない」

初めて、田噛が言葉を付け足した。
今までだったら、一言で結論を出して会話を終わりにしていたものを、田噛が私に分からせようとしている。
それは喜ぶべきことのはずなのに、嫌な予感が腹の底からせり上がってくる。

「辛いだけで、俺を嫌いになったわけじゃないんだろ。疎ましさが勝っているだけで、まだ俺のことは好きなんだろ。だったら別れない。お前の心が完全に他の男に移っているのなら、別に引き止めねぇよ。ただ、そいつは駄目だ。そんなのが理由になると思ってんのか。ばかなやつ」

信じられないくらい、田噛はよく喋った。
こんなに流暢に話すさまを、私は今までに見たことがない。
新鮮さ、それは時に驚きと恐怖をもたらす。
目の前で、田噛は両腕を広げた。
足すら動かせない私は彼に抱きしめられて、立ちすくむ。

「離さない。…昔みたいに、泣いて喜べ」

ああ、ああ。
彼のなかでは何一つ終わっていないのだ。
それは私にとっての、絶望。
しかし子供のようにすがりついた田噛を振り払う気力は、私にはない。

20160228


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