平腹に好きだと伝えた。
それは気持ちの整理と自己満足のためだった。
女獄卒のあいだでは、やれどの殿方が素敵だのやれ閻魔様の妻となって玉の輿に乗りたいだの、色恋沙汰の話題は尽きないものだが、ここ特務室の獄卒となると個性的すぎて恋愛というものに興味があるのか定かではない。
なかでも何度か仕事で一緒になった平腹という男は特によくわからない奴で、食欲と睡眠欲と衝動と勢いだけで生きているような獄卒だった。
私の周りには理性的な獄卒が多かったから、なんとも自由奔放で無邪気な男だと最初は驚いた。
そんな平腹は片腕がもげた状態で仲間をかばったり、私が不注意で死ぬ瞬間に立ち会った時はへらへら笑いながら「すぐ起きろよ、なあ、約束だからな!」と言っては惜しそうな顔をしたり、そういうことを平然とやってみせる男だった。
私にとって平腹は特別だった。
けれども付き合いが仕事以外にも出て来て、たとえば休日に飲みの誘いをお互いするようになっても、彼が私のことをどう思っているかはさっぱり読めないでいた。
そろそろ黙っているのも不毛かな、と思い始めたのだ。
私が腹の奥底でくすぶらせている思いを吐き出せば、さぞかし甘く重く響くことだろう。
だが、しかし。
彼に思いを告げたとして、想像できる反応は以下のとおり。

「オレも名前好き!斬島も佐疫も(以下略)みーんな好きだな!」
「レンアイってよくわかんねーからなー。ごめんな!」
「名前がオレのこと好き?そんなの知ってる!」

どのパターンでも晴れやかな笑顔で言いそうだ。
きっと可愛いのだろうけれど、それでは困るのだ。
とにかく、友人としての好きと思われては堪ったものではないので、私は慎重に言葉を選んだ。
平腹に伝わるように、率直にシンプルにこう言った。

「私は平腹のことがいちばん好きだよ」

あれやこれやと思考を巡らせたわりに、私は平腹が本気で受け取るとは思っていなかった。
だからこの言葉は食堂で何気ない話をしていた流れで言ったのだし、まさかそこで平腹が黙り込むとは予想していなかった。
どうしよう。
平腹の目がものすごく泳いでる。
私は思わず握っていた彼の手を離した。
亡者を追うとき、平腹が私を引っ張って走るなんてことは日常茶飯事なので、手を握るくらいわけないと思っていたのだが、やはり緊張する。

「平腹」
「………」
「おうい」

呼びかけてみたが反応なし。
食堂には、閻魔庁の食堂よりキリカさんの作るご飯のほうがおいしいという理由で時々やってくる私と、仕事の合間に腹を満たしにやってきた平腹のふたりだけ。
しんとした空気をなんとかしたくて、念を押した。

「平腹。私は、好きだって言ったんだけど」
「お、おう?そうだな!おう!」

大丈夫か。
もしかして私は平腹にとってすごく難しいことを言ってしまったんだろうか。
思考が停止した顔で食堂から去って行った平腹を見送った次の日から、彼の挙動不審がいよいよ加速した。
私とちっとも目を合わせない。
声をかけると奇声を上げながら逃げていく。
名前を呼べば、一度は目が合うもののおかしいくらいに顔を赤くして体ごと目を逸らす。
そして、どんな時でも手を繋がないようになった。
避けられている。すぐにそう気が付いた。
「喧嘩でもしたのか」と聞いてくる斬島には黙って首を振った。
彼なりの慰めかわからないがお煎餅をくれた。
平腹とろくに会話しない日が続き、ある日私と平腹は揃って肋角さんに呼び出しを受けた。

「お前たちふたりに任せたい仕事がある」

そうだと思った。まあ仕方ない。
肋角さんに呼ばれるとほとんどの確率で任務を言い渡されるというのは経験上どの獄卒でもわかっているはずだ。
それなのに私の隣でわなわなと震えた平腹は大きな声でこう言った。

「いやだ!」

私と肋角さんはぽかんとしてしまった。
平腹は奔放な男ではあるが、親のような存在である肋角さんには逆らったことがない。
それなのに嫌だとはっきり声に出してしまうくらい、平腹のなかでは気持ちの整理がついていないのだ。
そうか。私とふたりきりは嫌か。

「今回は閻魔庁で人手が足りないという話だ。平腹なら力仕事は任せて問題ないだろう。なおかつ閻魔庁勤務の名前が顔馴染みとして平腹を制御してくれたら一番だと俺は判断した」

肋角さんのもっともな言い分に、平腹がもごもごと何かを言いたそうにする。
私はため息をひとつして、平腹の背中を軽く叩いた。

「仕事に嫌も何もないでしょう。肋角さん。申し訳ありませんでした。その任務、謹んでお受け致します」

一礼をして、執務室を出ると平腹もついてきた。
振り返らずとも、私にじっと注がれる視線は痛いほどに感じる。

「…名前」

平腹は自分の感情に素直な男だ。
「気まずい」であれ「意識してしまって仕事にならない」であれ、どんな小さな理由だろうと今の平腹は私とふたりきりが嫌なのだ。
やっぱり、好きだなんて言わなければよかったんだ。
泣きたいかもしれない。

「名前、ごめんなぁ」
「なんで謝るの」
「だってオレ、名前のことは嫌じゃないのに嫌だって言っちゃった」

走って逃げたい気持ちを堪えて、歩いた。
平腹は走るものを見ると追いかけずにはいられない奴だからだ。
歩いているというのに、平腹は私についてきた。
なんでそんなに落ち込んだ声で話すの。
本当に落ち込んでいるのは私のほうなのに。

「なー、名前。泣くなよ」
「…泣いてない」
「泣きそうじゃん。…あ、泣いた。待って待って、」

余計なことを口に出すくせに、平腹は今までに見たことがないくらい慌てていた。
ハンカチを探したいのか知らないが、ポケットを漁ってはアメ玉やボタンを床にばらまいている。
佐疫じゃあるまいし、平腹がハンカチを持ち歩くわけがないのに。
他人の私がわかっていることを、この男は自身のことであるのにわかっていないのだ。

「どうしよう?オレどうすればいい?」
「…べつに」
「名前が泣いてるのは、なんつーか、困る。オレも名前がいちばん好きなんだって、どうやって名前に教えればいい?」

いま、聞き捨てならないことを言ったぞこの男。
びっくりして、ぐちゃぐちゃの顔を一番見られたくない相手に晒してしまう。
大きな手のひらが私の目尻をぐいぐいこする。いたい。

「泣くなってばー」
「ほんとう?」
「ほ?」
「私がいちばん?」
「ほんと!だってオレ、名前といるの楽しいんだよなー」
「…平腹は私と同じ気持ちじゃないかもしれないよ」
「同じじゃん!オレも名前も、お互いスキなんだから」

私はずるい女だから、こんなふうに屈託無く笑う平腹を、やっぱりどうしてもそばに置いておきたいと思ってしまう。
好きだと口に出してしまえば、気持ちの整理だとか自己満足だとか、そんなものでは終わるはずがないと心のどこかでわかっていた。
だから私は、踏み込めるところまで踏み込んでしまおうと思った。

「平腹」
「なになに?」
「私がいちばんだって言うなら、証明してほしい」

涙はすでに途切れている。
全神経は、私のなかでいちばん大きな彼へと向けられる。
震える声で、平腹だけに聞こえるように囁く。

「わたしにキスして」

するとどうだろう。
さっきまでごく自然に私と会話できていた平腹が、告白した直後のように固まった。
何度か首をひねり、だんだんと目を見開いていく。
彼の首から上が、ぶわっと赤く染まった。

「へぇあ!?」
「…声が大きい」

そんなに驚かれては、言い出したほうが恥ずかしくなるじゃないか。
私ばっかり浮ついて馬鹿みたい。
そもそもこの男にキスという単語が通じたことに私のほうが驚いた。
やらなくていいよ、そう言おうとしたのに、また平腹の手のひらが私に触れてくる。
私の両肩を痛いくらいに掴んでくる。

「やる!」
「いや、無理しなくても」
「名前。オレ、食堂で名前がオレのこといちばん好きだって言ったとき、わけわかんなくなるくらい嬉しくなっちゃったんだ」

そんな、ことを、いまさら。
ここで言うなんてずるいのではないだろうか。
自分の頬がおそろしく熱くなるのとは裏腹に、私を見つめる彼の顔はいたって真面目だ。
平腹は言われると弱いくせに、自分から言うのは平気なタイプなのだと、今になって知る。
ずい、と無遠慮に彼との距離が縮まって、ついつい息を止めそうになる。
しかし平腹はかがむのが下手くそで、顔を傾けるあまり、制帽が彼の頭からずれて落っこちた。

「あ、いっけね…」

私から床へと投げかけられた視線を、自然と伸ばしていた手のひらでこちらへ向き直させた。
私に頬を触られて、平腹は惚けた顔をしている。
ほど近い距離を背伸びで埋めると、柔らかい感触が口に当たった。

「な、ななななななん、お前っ、バカじゃん!!」

ちゃんと口にしたというのに、真っ赤な顔をした平腹はなぜか自分の頬をごしごしと拭っている。
私からしてしまったけれど、平腹から私への好意はもらったも同然だから、良しとしよう。
しかし一人悦に入る私を、彼は放っておかないのだった。

「もっかい!やりなおし!」

20160120


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