待って、という声が聞こえてきて、その相手が私とは限らないのに、なぜか街中で振り返ってしまった。 それは非常に余裕がなく、切羽詰まっている声音で、私が振り向いた先には一人の青年が立っていた。 明るい髪色の、まだ学生にも見えそうな男だ。服装からも若者らしさが滲み出ている。 彼はたしかに私のことを視線で捉えていて、呼び止められたのは自分なのだと確信する。 「あの…何か?」 記憶にはない人物だ。 なぜ彼の目に留まったのだろうと考えていると、青年は私の数歩先まで歩み寄ってきた。 そして何かを言いたそうに口を動かすが、それは言葉にならない。 彼がそろりと私の手首に手を伸ばしかけたので、反射的に身を引いてしまった。 すると彼はとても傷付いた顔をして、けれど瞳は大事なものを見るみたいに穏やかなまま、何かをつぶやいた。 「×××」 それは明らかに私の名前ではない。 しかし人違いですよと言い切ることができず、私はその場から動けなくなってしまう。 どうしてこんなに、この青年の声に心が揺らぐのだろう。 目を落とした自分の指先はわずかに震えている。 こちらをじっと見ていた彼は、一度頭を振って、ぎこちない笑みを作ってこう言った。 「ごめんな、やっぱり、オレの思い違い…」 言葉は最後まで続かなかった。 いくつかの滴がアスファルトに染みを作ったかと思うと、彼の頬をとめどなく涙がすべっていった。 彼は自分が泣いたという事実にびっくりしたように目をこすっていたが、抑えようもないそれに顔を伏せてしまう。 「なん、…なんでだよ、いまさら、止まれ、止まれ、」 思い通りにならない子供のように、彼は自分の目元をばしばしと叩き出した。 見知らぬ人がそんな様子だったら、関わろうとしないのが常日頃の私だろう。 けれども私は何かに突き動かされたように、彼を止めたくてその腕にすがりついた。 彼は黄色の瞳からはらはらと涙をこぼし続けながら、私の手を取る。 今度こそ、ためらいなく。 「他の場所に行こう、人目があるから」 「…うん」 「どうして泣いたのかは、言わなくてもいいよ」 「うん」 子どもみたいに頷いて、彼は恋人にするように指を絡めて手を握ってきた。 この不思議な青年と出会うべくして出会ったのか、それとも出会わないほうがよかったのか。 それを決めるのは、涙を涸らした彼の言葉を聞いてからでも、遅くない。 20160814 きみは数百年前に死んだあのひとによく似てる |