!オチが下品 木舌と田噛のふたりは、正反対のように見えて結構気が合う。 なんだかんだ博識の彼らは私たちが知らないことも当然の知識のように話すし、ごくたまに田噛が木舌の晩酌に付き合う姿を見かけることだってあるし、木舌が眠り込んでしまった田噛を運んでやるのも珍しくない。 わりと気が合う、はずのふたりは私を挟むと急に仲が悪くなる。 私は消えたほうがいいのでしょうか。 「おれが先に誘ったんだよ。田噛は手を離したら?」 「先も後も関係ないだろ。一番は名前がどうしたいか、だ」 穏やかに責任を私へ押し付ける田噛の発言により、ふたりの視線がふたたびこちらへ向いた。 そのまま、せめて私の手を離してから、ふたりでずっと言い合っているだけなら何も文句はないのに。 両側から腕を引っ張られて体がちぎれる〜と言っている子どもを見たことがあるけれど、現実はもっと生々しい。 木舌に掴まれた肩の関節は今にも外れそうで、田噛がもう少し力をこめると私の指がバキバキに折れる予感がする。 ふたり揃って怪力である。 「さあ名前、えらんでよ」 「俺か木舌か」 「いえそんな、お構いなく」 「おれとお酒を飲もうよ」 「俺の昼寝に付き合え」 聞いちゃいない。 交互にかしましく言葉を発するあたり、やはりふたりの息はぴったりなのだ。 両腕をぎしぎし鳴らされながら、どっちも気分じゃない……などとは到底言えるはずもなく、私は明後日の方向を見る。 そのうちにも、ふたりの言い争いはつづく。 ふたりとも、わざとなんじゃないのか。 「お前は酒の話しかできないのかよ」 「寝るしか能がない田噛よりましだよ」 聞き慣れない木舌の暴言に、思わずそっちを凝視してしまう。 「そんなに見つめられると照れるなあ…」 「おいふざけんな木舌ころす」 頬を赤らめて嬉しそうに笑う木舌も、毒を吐く田噛も普段と変わりない。 私は深く考えないことにした。 なぜか気分が高揚しているらしい木舌がプレゼンを進める。 「今日はすごいよ。とろりと甘い梅酒から味わい深い大吟醸まで、本当にいろんな種類のお酒を揃えたんだ。きっと名前が気に入るものもあるよ」 「う、うん」 「そうだなぁ、久しぶりにおれがおつまみ作ろうかな」 それは、ちょっと心惹かれるかも。 木舌はお酒好きなだけあって、手作りのおつまみがなかなか美味しい。 食事当番以外では気まぐれでしか料理をしないから、貴重なのだ。 私の関心が向くのをいち早く察したらしい隣の田噛が、はっと鼻で笑う。 「餌付けかよ」 「何もする気がない誰かさんよりいいだろう?」 あああ、空気がギスギスする。 田噛の顔がこわい。 木舌の笑顔がさわやか。 この場から逃げ出したい…と、何度目かわからない心境に陥る。 「木舌がそう来るなら」 「た、田噛、引っ張らないで」 ぐぎぎ、と体の関節から変な音がした。 田噛が私を無理やりに自分のほうへ向かせたからだ。 今度はこっちのプレゼンか。 「いいか名前」 「はあ」 「俺のとっておきの抱き枕を貸してやるから」 「……え?」 「大丈夫だ。心配しなくても俺のぶんは予備がある」 「そこに反応したんじゃないよ!」 田噛が抱き枕なんてものを使っていることに驚いたんだよ! だめだこの男、ぜんぜんわかってない。 しかし心地よい睡眠について語る田噛は今までのどんな彼より輝いている。 そんな事実、あまり知りたくなかった。 「クーラーをガンガンきかせて名前にひっついたら気持ち良さそうだ」 「なんか聞こえたけど私は聞かなかったことにした」 「そんなこと言ったら酔った名前は本当にかわいいよ?」 「木舌も張り合わないで。本当にやめて」 「発言がおっさんくさいんだよ」 そこは同意するけど。 木舌の瞳ってあんなに怖かったっけ。 田噛に向く彼の瞳のみどり色はおそろしく感情がない。 ふう、とため息を吐いた木舌は言う。 「寝るだけならひとりでもできるじゃないか。なんで名前を誘うの?」 「たしかに」 「おれは名前と話していて楽しいから誘うんだよ」 「う、うん。ありがとう」 そんな純粋な笑顔を向けられると、嬉しいようなこわいような。 田噛はいちど首をかしげ、私をじっと見てこう言った。 「名前がそばにいると気持ち良くねむれる」 「なんだそれ」 「あと寝顔がかわいい」 「不意打ちすぎないかな!?」 なに今の。 ちょっとドキドキしたじゃないか。 すると私の揺らぎを察知して木舌が声をあげる。 やはり強く引っ張られるので関節がゴリリと鳴った。 お前もか。 「お酒飲むほうが気持ちいいし楽しいって」 「なに言ってんだよ寝るのがいちばん気持ち良くて楽しいだろうが」 なぜ私は大の男ふたりに挟まれて、気持ち良くて楽しいことを迫られているのだろう。 あとこの言い方、非常に誤解を招きそう。 「名前」 ぐるっとこちらへ同時に振り向いた木舌と田噛に、ひっと声が漏れた。 「結局どっちをえらぶの?」 「木舌をえらんだらただじゃ済まない。おぼえてろよ」 「田噛をえらぶ?でも大丈夫だよ、最後はおれのもとに来るんだから」 「こわいこわいこわい」 ふたり揃ってメンヘラじみたことを言うので泣きたくなってくる。 誰か助けてくれ。 そう思った途端、私たちがいた部屋の扉がバーン!と開いた。 振り返ると、平腹が立っている。 「あ!名前いるじゃん!」 「平腹、ちょっと後にして」 「おい入ってくんな」 木舌と田噛の制止を物ともせず、平腹はドカドカと私のそばまで駆けてきた。 そして攫うように私の手のひらをぎゅっと握るとこう言った。 「さんぴーやって!!」 私は純粋な平腹がそんなことは言わないと信じたが、どうやらふたりは違ったらしい。 「なななななに言ってんだよ平腹お前ころすぞ!?」 「そそそ、そうだよ落ち着こう?平腹落ち着こう!?」 木舌と田噛は冷や汗だらだらのカミカミだった。 男って…。 「さっき谷裂をゲームに誘ったんだけど、あいつめちゃくちゃヘタ!名前、さんぴーで助っ人やって!」 「そうだと思った」 いつも通りの平腹に安心した私は、彼に引っ張られるがままについて行くことにした。 動揺したふたりがポカンと見送るばかりだが、知ったことか。 「さんぴーか…」 「想像してんじゃねえよむっつり」 「じゃあ田噛は興奮しないっていうのかい?」 「…あ、余裕で抜けるわ」 「ほら〜」 「ねえ!!聞こえてるからね!!」 せめて私が出て行ってから話してくれないかな!! 20160722 |