ねこ、ネコ、猫。 猫がいない。 起きてからずっと探している。 隣で寝ていたはずなのにいなくなった。 館に残っている奴らに聞いてみたが、 「散歩じゃねーの?ネコだし!」 「お腹が空いたんじゃないかな?」 「おれは見ていないなぁ。どこかで寝てない?」 などと要領を得ない。 散歩も空腹も気まぐれも考慮した上ですでに探している。 あいつのことを一番にわかってやれるのは俺なんだ。 「えぇっと…、さっき書庫のほうに行くのを見たよ」 抹本が教えてくれたが、わかってる。 今から行こうと思っていたところだ。見抜けなかったわけじゃない。 図書室を通り抜けて書庫へとつづく扉を開けると、湿っぽい古びた本のにおいがした。 コツコツと俺が立てる足音に、奥のほうで反応する物音を聞いた。 「お前は本当に狭いところが好きだな」 手を伸ばし、撫でやるとそいつは不思議そうに目を丸くしていた。 どうしてここにいるのがわかったのか。 そんな顔だ。 「お前のことは何だってわかるんだよ」 その小さい姿を腕に収めて抱き上げれば、にゃあにゃあと喧しく鳴き出した。 というのは比喩であって、実際に猫はこう言った。 「田噛、おろして」 「嫌だね。お前が勝手にどっか行ったんだろ」 「何度叩いても起きなかったんだもの」 「何度も叩いたのか。ほう」 「うそうそ、うそです」 女は俺の腕のなかでじたばたと暴れる。 そうだ。こいつが猫じゃないことくらいわかっている。 俺とおなじ、獄卒だ。 「飯は食べたのか」 「…まだ。先に食べたら、怒るから」 言うなり、奴の腹が小さく鳴った。 一丁前に恥ずかしいらしく、いよいよ腕のなかで暴れまわるのだが、力の差は歴然だ。 ちょっと強めにぎゅうと抱きしめたらおとなしくなった。 「参ったか」 「一度窒息で死ぬのを覚悟した」 「お前は俺がいないと何もできないんだから離れるなよ」 まるで自分に言い聞かせるみたいだ。 自ら吐き出した言葉に虚しさを覚える。 女はとても不服そうにこちらを見ている。 「そんなことない」 「ある」 「田噛。なんで田噛は私のことを名前で呼ばないの」 この質問も何度目だろうか。 知っている。 こいつには名前がある。 俺がつけたものではない、肋角さんがつけた名前が。 そんなものは呼んでやらない。 「俺にとって、お前が猫だからだよ。甘やかして愛でるための」 そう答えたら、頬をバリッとやられた。 たいしたことはないが、痛いものは痛い。 「そんな呼び名はいらない!」 不機嫌そうに唸られる。 やるせない。 こいつが俺だけの猫になる日は来るんだろうか。 もふっと頭の上にあごを乗せたら、猫はぎゃあぎゃあといつまでも騒いだ。 20160412 大好きなあのこの渾名はねこ |