名前は目玉が六つある魚を飼っている。
見た目からもわかるように、ただの魚ではない。怪異のようなものだ。
彼女は十年以上もその魚を可愛がっている。
斬島。この子よく食べるの。ほらほら。
そんなふうに俺にもよくペット自慢をしてくるのだが、正直気味の悪い魚を前にしてはそうか、としか返せない。
平腹には飼い始めた初日に、「うわキモい!」と言われて以来話しかけていないのだそうだ。
なんとも素直な平腹らしい。
俺がそうして名前と話していると、彼女の恋人である佐疫がやってきた。

「名前の魚は可愛いね」
「前の餌より今のほうが気に入ってるみたいだ」
「また少し大きくなったかな」

佐疫がすらすらと述べる言葉に名前は嬉しそうに頷いている。
よくもまあ、こんな不気味…いや、少し変わっている魚を前にして絶句せず会話が続くものだと感心する。
やはり恋人同士だと好みも似ているのだろうか。
名前は上機嫌な様子で、魚と水の入った金魚鉢を手に自室へと戻って行った。
それを穏やかな様子で微笑ましそうに見送る佐疫に、声を掛ける。

「佐疫はあの魚を可愛いと思うんだな」
「いや?ちっとも」

笑みを崩さないまま、彼は答える。
どういうことだ。
ついさっきは名前が可愛い可愛いと言うたびに同意していたはずだが。
佐疫はふふと笑って、こう断言した。

「名前が可愛いと言うなら、きっとそれはどんなものでも可愛いに違いないんだよ。そこに俺の意見はいらないんだ」

俺は再び、そうか、としか答えられない。
俺には分からない、佐疫と名前の関係においてはそういうこともあるのだろう。

「じゃあこのあいだ名前が佐疫は可愛いと言っていたから佐疫は可愛いんだな」
「それはちがう」

先ほどの落ち着いた態度とは裏腹に、佐疫は少し焦った様子で俺の言葉を遮った。
額に手をやり、うつむく様子はどうやら落ち込んでいるらしい。

「…それだけは否定させてもらうよ」
「そうなのか」
「なんでかっこいいって言ってくれないかなあ、名前は」

はあ、とため息をこぼして佐疫は名前の後を追った。
よく分からないが、なんとなく佐疫のことを応援したくなった。

20160411


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