小さい頃から夏祭りの帰り道というものはなんとなく寂しかったけれど、今日は人生で一番物悲しい帰り道になったかもしれない。
好きな人の背におぶわれて、そんなことを考えた。
山口くんは遠回りでも人気のない道を選んでくれたので、薄暗がりのなかを視線を気にせずにいることができた。
彼は時々立ち止まっては、こちらを気遣うように振り返る。

「足、痛くない?」

そのたびに私は大丈夫だよ、とか自分で歩けるよ、と返しているのに山口くんは「でも、悪化するといけないから」と曖昧に笑って下ろしてはくれなかった。
私の嘘をきちんと見抜いているのだ。
夏祭りデートという響きに浮かれて慣れないヒールを履いてきた自分を後悔するのは何度目だろうか。
夏祭りの後半、じくじくと痛む靴擦れに座り込んでしまった私を見ても山口くんは嫌な顔ひとつしなかった。
休んでいってもいいけど、あまり遅いと親御さんが心配するよね。
そう言って私をおんぶして、山口くんは帰り道を歩き出したのだ。

「山口くんの方こそ、平気?」
「んー?」
「私、重いでしょう」
「ぜーんぜん」

言葉の通り、山口くんの足取りはしっかりしていた。
おぶわれて初めて実感した、予想以上の背丈も、力強い足取りも、私の胸をぎゅうっと痛くさせた。
こんなにも男の子なんだなぁ。
そう自覚するにはあまりにも遅くて、この状況は心臓に悪い。
何か喋っていないと息が詰まりそうになる。

「山口くん」
「なに?」
「今日は良かったの?他に、月島くんとか、もっと仲のいい人がいるのに、私と夏祭りだなんて」

山口くんに誘われてから、ずっと気がかりだったことを口にする。
「俺と夏祭りに行ってくれる?」と言われた時は本当に嬉しかったけれど、戸惑いも浮かんできて、ひねくれたことを考えてしまうのだ。
私の言葉に山口くんは立ち止まって、きょとんと目を瞬いた。
それから不意に笑い出して困ったような声を出す。

「俺がデートに誘いたいのはみょうじさんだけだよ」

穏やかに声音を低めた彼を直視していられなくて、私はそっと視線を下げた。
山口くんは私を背負い直して、またゆっくりと歩き出す。
赤くなっただろう頬をなだめる私に反して、山口くんはどこかぼんやりと夜空を見上げている。

「みょうじさんこそ、良かったの?」
「え、なにが」
「今日は楽しかった?…さっきまで、泣きそうな顔してたからさ」

今度は私が、驚いてまばたきを繰り返す番だった。
なんでそんなことを訊かせてしまったんだろう。
私は今まで落ち込んでばかりで山口くんを不安にさせたことを恥ずかしく思った。

「楽しかったよ、…楽しかったに決まってるよ」
「そう?俺ばっかり満喫しちゃったんじゃないかって、不安だったんだ」

みょうじさんが綿飴をちょっとずつ食べてるのが可愛くって、俺はそういうところばかり見ちゃったんだ。
夜の帳に紛れた山口くんの声は落ち着いていて、いつもより饒舌だった。
髪の間から覗く彼の耳はすこし赤い。
照れながらも、きちんと私に話してくれるんだ。
この人を好きでいてしあわせだなぁ、なんて当たり前のことを今更に思う。

「ほら、着いたよ。立てる?」
「…うん」

山口くんの肩に掴まりながら、私は久しぶりのアスファルトへ足を着けた。
多少よろめきながらも顔を上げると、目の前には明かりの点いた我が家があった。
山口くんと向き合って、しばらく沈黙があった。
下りる時に手を貸してもらってそのまま、片方の手は彼と繋いでいる。

「山口くん。あの…今日は、本当に」
「うん?」
「…ありがとう」

本当にごめんなさい、と私は言いかけて、けれど山口くんの優しい促しによって謝罪はお礼の言葉にすり替わった。
きっと山口くんは、お礼を言った方が喜んでくれる。
実際、照れたように笑う山口くんは嬉しそうだった。

「うん、俺の方こそありがとう。…家族の人に、きちんと傷を見てもらうといいよ。あ、寝る前には消毒もして」
「山口くん、お母さんみたいだなあ」
「えっ、あ、お節介だったかな…?」

思わずくすりと笑うと、山口くんは慌てたように頭をかく。
こんなにも優しくしてもらっていることに気が回らず、落ち込んでいた自分はバカだったと思う。
首を振りつつ、私は笑顔を作る。

「今度、山口くんにはお礼をしたいな。何でも言って?」

そう告げると、山口くんはふと真面目な顔になった。
その表情にどきりとした瞬間、繋がれた手が大きな手のひらに握り直される。
普段遠慮がちな彼の瞳は、今夜だけすこし物欲しそうにしていた。

「じゃあ、今度からは俺のこと名前で呼んでほしいな。…なんて、欲張りだよね」

眉を下げて笑う、優しい笑みと言葉のギャップに、私の声はなかなか出てこない。
私の答えはもう一つに決まっているというのに。

20140819

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