部活のジャージを着た影山は全身真っ黒だ。
服装だけでなく、髪も、瞳も。
吸い込まれそうな漆黒の色を生まれつき身に纏う影山はなんだか、一番「烏」のようだと思う。
中でも、私は影山の瞳の黒が特に気に入っている。
よく機嫌が悪そうに眇められているからなかなか気付けないけれど、意外と丸くてきれいな瞳は光を受けて猫みたいに爛々と光り、昏い黒はどこまでも深くまるでブラックホールのようなのだ。
そんなことを思いながら影山をじっと見つめていると、私の視線に気付いたらしく「何だよ文句あんのか」といった顔をされる。
丸くて黒い瞳がすっと細められたから、もったいないと思っていれば、影山は何か閃いたというような顔をした。
その表情は驚きにも似ていて、再び丸くなった瞳におやと思ったのもつかの間、ずいずいと距離を詰めてきた影山に何故かいきなり口を塞がれた。
完全な不意打ちだったために、「んむぐ、」と間抜けな声を出した羞恥心により私の機嫌が急降下していった。
こうして唇をやたらと押し付けるような影山のキスは何度されても慣れない。

「……なんで?」
「? してほしかったんだろ」

離れていった影山に不可解極まりないという声で問いかければ、逆に不思議そうな顔をされた。
まったくおめでたい勘違いをしてくれたものである。
私はすぐそばにあった自分のジャージの上着に顔を埋めた。
ちょっとだけ顔を隠したい気分だったのだ。

「…ちがう。ぜーんぜんちがう」
「はあ?じゃあ何だったんだよ。黙ってこっち見てきたりして」

私の反応が期待とは違ったためだろう。
影山が苛ついた声を出す。
私は単細胞の彼でも分かるように簡潔な説明をした。

「影山の目が黒いなあって見てただけなのに」
「目?」

私の言葉に、影山はまばたきを繰り返した。
そういう、意表を突かれたような表情を常にしていれば目が丸くて可愛げがあるものを、すぐに目をつり上げて睨んでしまうから残念だ。

「そんなの当たり前だろ」
「確かに当たり前だけど察してよ。情緒がないなぁ」
「情緒ってどういう意味だ」
「もういいよ。影山のすけべ。脳内えろえろめ」
「なっ、んだとコラ!つうか女がそういうこと言うんじゃねえ!」

とんだ勘違いをしてくれた影山を非難したつもりだったが、言葉のチョイスが悪かったらしい。
怒りより戸惑いが勝った表情で影山が喚くので、私はジャージから顔を上げて彼を見やった。
何だよ、と返す声に普段ほどの迫力はない。

「否定は?」
「…あ?」
「いま怒ってるけれど否定してないよね。すけべという不名誉な言葉に対する否定はないんですか?」

詰問するために自然と敬語口調になれば、影山は居心地が悪そうに口元を歪めた。
たっぷり三十秒ほど視線を泳がせたあと、彼はそれが当然のように告白した。

「………まあ、間違ってねえ、し」

素直すぎる返答に、私は困ってしまった。
そこは逆ギレしても良かったのに、本当に正直というか単細胞というか。
なんとなく浮かんだ愛おしさとは裏腹に、私はふざけた声を出す。

「やだー、影山って脳内えろえろなんだー」
「だからその言い方ヤメロ!!しっ、仕方ねえだろ、勘違いしたのはホントだしよ…」
「…ふっ、くっくっく」
「おい笑うなブッコロス」

お腹を抱えて笑い出した私の腕を掴んだ影山に一発くらい殴られる気がしたけれど、構わず笑った。
ふいに頭上からの罵詈雑言が止んでいることに気付き、視線をやれば影山が涙を拭う私をじっと見ていた。
やけにがっつり視線が合う。
私、というよりは私の瞳を注視しているような。

「…なに?影山」
「目」
「目?」
「お前の目がきれいだったから、たぶんキスしたくなったんだ」

そんな、今更理由に気付いた、閃いたみたいな顔をされても困る。
一人で納得した影山が、だから俺はすけべじゃねえだの何だの喚いているが、不意打ちを食らった私は視線を逸らすしかなかったのである。
単細胞の影山は、私の顔がいま赤い理由をきっと察してくれない。

20140220


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