2月14日。朝。
人気のない道で待ち合わせをして月島くんと一緒に学校へ行く。
普段は言葉少なに隣を歩く彼がおもむろに私の方へ向き、ぽつりと言った。

「何か僕に渡すものがあるんじゃないの」

その言葉に思い当たるものがあったので、私は制服のポケットに手を入れた。
心なしか、月島くんの視線が痛い。
観察するような視線を受けながら、私は一枚の手紙を取り出して彼に渡した。
怪訝な表情をした月島くんは手紙の差出人が私ではないことを確認すると、ナメてんの?という顔で私を見た。

「それ、月島くん宛ての手紙」
「見ればわかるよ」
「クラスメイトの子に渡してって頼まれたから」
「……」

私たちは付き合っている関係を公にしていない。
二人ともそういう性格ではないのだ。
だから、マネージャーである私からバレー部の月島くんに渡してほしいと、女の子から手紙や物を預かることも珍しくはない。
私は淡々と渡して、月島くんも淡々と受け取るのが常だった。
しかし、今回に限ってはタイミングが悪かったのだろう。
何とも言えない顔をした月島くんは「………ありがとう」と、ずいぶん間の空いたお礼を言った。
感謝の気持ちが全く込められていないそれに、私もとりあえず頷いて返しておいた。
一緒に通学路を歩く私たちは、生徒が多く行き交う道の角で自然と別れる。
今日の月島くんはいつにも増して口数が少なかったなぁ、と思いながら本当は彼が欲しいものを知っている私は、意地悪だ。


昼休み。
人気のない屋上を選んで月島くんとお弁当を食べる。
月島くんは他の男子ほど多くの量を食べない。
小さめのお弁当と甘そうな菓子パンをひとつ、いつも持ってきている。
彼の高い身長は食べているものには関係がないのかもしれない。
大きなクレープイチゴサンドと書かれている袋を開封しながら、月島くんはもう一度言った。

「今度こそ僕に渡すものがあるんじゃないの」

やはり私をじっと見てくる静かな瞳に、私はまだ使っていない箸でお弁当のおかずをひとつつまみ上げた。
そうして月島くんの弁当箱の蓋にそっと置く。
私は毎日、彼の食生活を懸念しておかずをひとつ分けてあげることにしている。

「月島くん、唐揚げ好きでしょ」
「…好きだけどさあ」

いつもの日常のとおりに私から「渡すもの」を受け取った彼は律儀にも菓子パンを脇に置き、先に唐揚げを口に運んだ。
月島くんは箸の使い方がきれいだ。

「今回は醤油じゃなくて塩で味付けしたんだよ。おいしい?」
「………おいしいよ」

尋ねれば、やっぱり律儀に返事が返ってきた。
月島くんが言いたかったことは唐揚げと共に喉の奥に消えてしまったらしい。
昼食を済ませたあとの午後の授業もいつも通りの私たちらしく、同じクラスであっても最低限の会話しかしない。
そうして、放課後になった。


部活中。
休憩になった途端、月島くんはずかずかと私の方へ歩み寄ってきた。
若干の不機嫌オーラが出ているために、通りすがりの日向くんが怯えて遠くに逃げていた。
目を細めて私を見やると、月島くんはずいと手のひらを差し出してきた。

「渡すもの、あるデショ」

もはや催促をする口調だ。
私は何食わぬ顔で、月島くんの手のひらにタオルを乗せた。
マネージャーとしてごく当たり前の仕事をしたというのに、月島くんは口元をひくつかせて無言で練習に戻っていった。
その後、月島くんがやけくそで打ったサーブが山口くんの後頭部に直撃し、山口くんは目を白黒させていたが月島くんは謝らなかった。
そのことで大地さんに怒られて、ますます彼の機嫌が悪くなったことは言うまでもない。


部活帰り。
片付けを終えて体育館を出たところで、待ち伏せていた月島くんに捕まり人気のない方へ引きずられていった。
腕を掴まれても無抵抗の私を、それはそれは機嫌の悪そうなしかめっ面で見た月島くんは大きくため息を吐いた。
それから、ついにその名称を口にした。

「出しなよ。あるんでしょ。チョコレート。」

なんとなく、月島くんは恋人におねだりができない性格だとは予想していた。
けれどここまでひどいとは思わず、まるでカツアゲみたいな台詞に、とうとう私は堪えきれずに大笑いしてしまった。
憮然とした様子の月島くんは私の頭を拳でぐりぐりとやった。
意地悪が過ぎてさすがに怒らせてしまったらしい。

「だって月島くん、常に言葉が足りないんだもの」
「絶対気付いてたくせによく言うよ」

いつも素直じゃない月島くんが素直にチョコレートを欲しがるまではあげないと決めていた。
ちょっとした意地悪心だから許してほしい、と言ったら月島くんは黙って私の頬をつねった。
それから二人で部室へ行って、朝から置き去りにしていた小箱を取りに行った。
日持ちがしないので、あまり暖かくない部室しか置き場所がなかったのだ。

「はい、どうぞ」

私から箱を受け取った月島くんは部室の机にそれを置いてから開けた。
相変わらずの仏頂面だけれど、どこかそわそわしているのは喜んでいるからだと思いたい。
中身を見た瞳が、眼鏡の奥で意外そうにまばたきをする。

「チョコレートケーキ?」
「ショートケーキが良かった?でも、それだとバレンタイン関係なくなっちゃうからね」
「…別に何も言ってないんだけど」

私だって、月島くんにケーキとくれば苺だろうと思わないわけではなかった。
ただ同時に、彼が満足するような代物を作れる自信がないと思ったのだ。
だから、私は彼に提案をする。

「月島くんの好きなショートケーキはおいしいお店に食べに行こうよ。それがホワイトデーのお返しだと嬉しいな」

努めて笑顔で話すと、どうしてか月島くんはあまり機嫌の良くない顔で私を見た。
ため息とともに、こんなことを言われる。

「…そんなんでいいの?お返し」
「もちろん。来月にデートの約束ができるなら、私はすごく嬉しいよ」
「ふうん」

変な奴、と言いたげな月島くんに、分かってないなぁと言いたい。
日々部活動に忙しい月島くんと、またバレーに励む彼が好きである私とでは、一緒にどこかへ出掛けることなんてほとんど無いに等しい。
こういう機会だからと約束を取り付けたがる私はずるくて嫌な女の子なんだろう。
チョコレートケーキをじっと見つめて、月島くんは大事そうに箱を閉じた。

「お返しは、他の何かを考える」

吐息混じりの返答に、やっぱり断られたか、とひそかに落胆した。
女の子が行くようなケーキ屋さんに彼が行きたがるとも思えなかったし、仕方ないことだと思った。

「そっか。無理なお願いしてごめんね」
「なに謝ってるの。行かないなんて言ってない」
「え?」
「きっと頑張って作ってくれたんだろうし、それくらいじゃ見合わないかなって思ったから。ちゃんと物で返すよ」

私はしかめっ面の月島くんをじっと見つめ返した。
言葉の足りない彼の真意を、必死で読み取ろうとした。
そうしてようやく、彼の眉間のしわが照れ隠しであると分かった。
黙り込んだままの私に、月島くんは言葉を重ねる。
その手のひらがもどかしそうに私の手首を握る。

「別に約束なんて必要ない。僕は君の彼氏なんだから。それに、……お返しする側の僕が嬉しいことはお返しにはならない、でしょ」

言い聞かせるような口調はぎこちない。
きっとそれは私を安心させようとしてくれているから。
視線に耐えきれず、ゆっくりと顔を逸らした月島くんの耳がほんのりと赤い。
私は満面の笑みを浮かべて彼にぎゅうと抱きついた。
月島くんに早く離れてよと言われると分かっていても、そうせずにはいられなかったのだ。

20140218~0228
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