「なに見てるの?」

声の主がいる後ろへ振り向くより、伸びてきた手のひらがカーテンを閉めて白く濁った吐息が耳をかすめていく方が早かった。
カーテンを閉めた腕はそのまま私の肩へ回り、耳元では「寒いんだけど」と、不機嫌そうな声が続く。
ベッドから身を起こした蛍が眠たげに私へ寄りかかるのは、正直重いけれど嬉しいことだった。

「すごいよ、真っ白だよ。本当に大雪だね」
「…予報で言ってたし、宮城では雪なんて珍しくも何ともないじゃん」
「実際にこれだけ積もるとなんだかわくわくしない?」
「外出ないから関係ない」

子供じゃないんだから、そう呻く蛍に季節感というものを教えてやりたい。
まるで乗り気でない発言をする彼だけれど、春のお花見も夏の海も秋の紅葉狩りもなんだかんだ付き合ってくれた思い出がある。
きっと冬の雪合戦も付き合ってくれるだろう。
いや、雪合戦は無理があるかな。
小さな雪だるま作りくらいなら、蛍は私の後ろで笑って見ている気がする。
月日を重ねて、私は蛍の「いいよ」を引き出すのが誰より上手くなった。

「ぼーっとしないでよ。ていうか、寒い」
「う、わっ」

大きな手に抗えず、上半身を起こしていた私は再び布団の中へ逆戻りになった。
ぼふん、と二人の間にあった暖かい空気が部屋の冷気を揺らし、蛍が少し冷たいおでこを私の首筋に寄せる。
「可愛くない声だね」と笑いながら、言葉に反して穏やかな調子で話す蛍に、私はくすぐったい気持ちになった。
布団をかき寄せ、逃げた熱を補うように彼の抱きしめる腕が強くなる。
寒い寒いと繰り返して私にすり寄る彼は猫のようだけれど、本当はしばらく外を眺めていた私の身体の方が冷えている。
それを非難せず、寝起きの体温を黙って分け与えてくれる姿は、素直じゃないながらに愛情に満ちていた。
不意に彼が口を開くと、背中に直接音が響くようだった。

「どうしてこんなに早く起きたの」
「…寒くて」
「だから昨日は、もっとこっちに来ればって言ったんだよ」
「はい、蛍の言うとおりでした」

昨夜、彼より後にお風呂を借りた私の髪を丁寧に乾かしてから、蛍は淡々と一緒に寝ようか、と言った。
私は驚いて部屋の隅に飛び退いて、それを蛍は笑った。
何もしないよ。
ただ、起きた時にきみが隣にいると嬉しいんじゃないかなって。
大人びた話し方に、私は言葉もなく赤面するばかりだった。
文字通り「お泊まり」という行為のみを実行した私たちだったが、存外早く寝入ってしまった蛍に反して、緊張と羞恥から知らず知らず私は彼から距離を取ってしまったらしい。
目を覚ましたのはおそらく、ベッドの片側にある窓から冷気を感じたせいだろう。

「それで、蛍は?私が隣にいる朝はどんな感じがする?」
「…最初は、他人と同じ布団で寝ることなんて想像できなかったけれど、僕の方が先に寝ちゃったし、名前より起きるのも遅くて。思った以上に落ち着くみたいだ」

一人で眠るより窮屈だ、くらいの皮肉を言われると覚悟していた私は、素直な言葉に目を見張ってしまった。
その予想があったからこそ気軽に尋ねてみたのに、とんだ反撃を食らった気分である。
彼はもしかして寝ぼけているのでは、という失礼な考えは一瞬でやめた。
そんな現実逃避をしたって仕方がない。
現に蛍はこんなにも分かりやすい愛情をくれているし、彼の本質が見えたというのはとても嬉しいことだ。
言葉よりは行動で示す蛍が相手であるならば、それはもういっそう。

「それは良かったね」
「なに他人事みたいな反応してるのさ。きみが相手だから言ってるんだけど」

ほら、ちゃんとこっちを向く。
聞き分けのない子供に対するような言い方と肩に乗せられた手のひらに観念して、私は寝返りを打って彼と正面から向き合う。
どこか不服そうな蛍を見て浮かぶ感情は、申し訳なさではなく幸福感だった。

「笑わないでくんない。何にも面白くないよ」
「だって拗ねる蛍、かわいい」
「かわいいとかいらないし。笑うなって」
「むーりー」

ふくく、と笑いを堪えていると蛍の眉間のしわが深くなった。
うん、いつも通り。
彼には悪いけれど、まだ幼い私はこういうやり取りの方が安心する。
むうっとした蛍が、私の顔を胸板に押し付けるように抱きしめて目を閉じた。
まだ起きるには早い時間だから、私を巻き込んでのふて寝だ。

「もういい。さっさと寝て黙って」
「起きたら外で遊ぼうね」
「は?やだよ。風邪ひきたいの?」
「あったかくなるほど動けばいいんだよ」
「運動オンチのくせにさあ…」

痛いところを突かれても、今の私は緩んだ表情を抑えきれなかった。
大好きな人の腕のなかにいるのだ。
幸福でないはずがない。
ふといたずら心から思いつき、クラスメイトの名を口にする。

「あ、日向くんたちも呼ぼうか」
「やめてよ。二人でいい。二人きりが、いい」

やはり不機嫌そうに返した蛍の、最後の言葉が強く耳に残った。
それきり黙ってしまう彼に、温かい腕のなかで瞼を閉じる。
真っ暗な視界にはしんしんと降り積もる雪が映って、その美しさに私はため息を吐きそうだった。
ねえ、蛍。
あんなに綺麗な景色をちゃんと二人で見ておこうよ。
私が手を引けば、きっとあなたは振り払わないから。
それどころか、悪態を閉じた唇の内側に引っ込めて、不器用な笑顔を見せてくれるって信じてる。

20140209
宇宙は微睡んでいる


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