高校生になった春。
初日は入学式と簡単なホームルームと、ありきたりな自己紹介の時間がスケジュールに組み込まれている。
その自己紹介だって、名前と出身校と、せいぜい趣味か何かを言えばいいと思っていたのに、担任教師が「えー、じゃあ近況報告も言ってもらおうかな」と気まぐれな発言なんかするから。
教室全体に戸惑った空気が流れたものの、なんとなく微妙な感じで自己紹介は進み、すぐに俺の番が回ってきた。
全員の意識がそれとなく自分一人に集まる感じ。
この感覚は、ほんの少しだけ自分がサーブをする時に似ている。

「えー…国見英。北川第一中出身です。趣味ってか、部活はバレーやってました」

近況報告って、なんだ。
今日はじめて顔を合わせたクラスメイトに取り立てて報告をすることなんて持ち合わせていない。
高校生になって思うことといえば、中学時代と同じで授業中起きているのがツライ、きっと耐えられない、という問題くらい。
ただ、そんなことを正直に暴露してしまえば教師にも生徒にもろくな奴じゃないぞと思われかねない。
だとしたら、何か適当なことを。
どこかの猫が考えそうな、印象に残らないくらいの、ゆるいものでいい。
ここまでの思考時間は約三秒。
それほど違和感のある沈黙ではない。

「近況報告。夏は暑くて冬は寒いっていうのが毎年の憂鬱です。以上」

俺が席に着いた途端、後ろの金田一が慌ただしく立ち上がって、緊張した様子で自己紹介を始めた。
どうせ知ってることしか喋らないだろ、とぼんやり頬杖をついていると、こちらを振り返って見ている女子に気付いたんだ。
それが名字と目が合った、最初の瞬間だった。

「面白そうな人だと思ったんだぁ」

ふとあの日のことを思い出したから、なんで自己紹介のあとに俺に声をかけたのか、名字に聞いてみた。
面白そう、か。
彼女の第一印象はうすぼんやりとしていて思い出せないが、今は単にばかっぽい奴だと思う。
少し前、冬の足音が近づいてくる頃に、名字が俺にネックウォーマーをくれた。
ふわふわのもこもこであったかいやつ。
誕生日でもないのに、と言えば「安かったから」と笑うのだが、彼女は俺と自分、家族の分も含めてそれを大量に購入したらしい。
塵も積もればなんとやら。
たくさん買って出費したら本末転倒だろ、と馬鹿にすることもできたが、恋人でもない俺とお揃いのものを平然と気付かず使っている名字はやっぱりばかで、なぜか俺はそのことを笑えなかったのである。

「俺、面白いこと言ったつもりはなかったんだけど」
「いや、面白かったよ。この人はそんな当たり前のことに毎年憂鬱になってるのかって」

そりゃあ、お前。
名字が気温の変化に鈍感で、もっと言うなら帰宅部だから平気なんだろと言ってやりたかった。
しかし、俺が開いた口から白い吐息が熱を持って逃げていくので、反論するのが億劫になってやめた。
黙ってしまった俺を気にせず、名字は湿った落ち葉をよけて帰り道を歩く。
俺がよけきれなかった落ち葉は、踏まれてくしゃりと形を変えて、靴底にひっついては宙を舞い、落ちる。
今日は部活のない、水曜日。

「国見に四季は必要ないかもだけどさ、私は夏と冬がないと困るよ」
「なんで」
「アイスがおいしいから!」

名字という女は、夏のランニングの辛さも冬の体育館の底冷えも知らない。
だが、まったく別の観点から俺の憂鬱が晴れないものかと、無意識に懸命に話している姿を見ていると、まあいいかと思えるのだった。
だから浮かべてしまった笑みはわざと残しておく。

「冬にアイスってなんだよ、自分いじめ?」
「ちがうよー、こたつでアイス食べるとおいしいんだから」
「ああ、そゆこと」
「国見もやれば」
「俺んちにこたつないから」
「じゃあ一回うち来て試してみなよ!ちょっとだけ冬の良さに目覚めるかもよ」

ほらやっぱり。
俺の憂鬱を軽くしよう、なんて。
それこそ必要ないことだけれど、誘いには乗ってやろう。
返事をしないでいたら、名字は俺を振り返った。
頬が赤い割にあったかそうな首元には、俺と色違いのネックウォーマー。

「行く」

ほとんど反射的に答えたら、きみは柔らかくあったかく笑うから。
その周りだけ少し気温が高いんじゃないか、そんなわけないのに、名字の隣に並んでみたくなる。

20151223

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