始まりは一週間前の「ごめんね堅治くん」という名前からの電話だった。
今日は名前と付き合って一年というそれなりの記念日だが、俺はその電話のせいで非常に機嫌が悪かった。
俺のアホ彼女は今日という日にバイトを入れてやがったのだ。
いや、正確には休みの希望を出しておいたのだが、どうしても外せない用事があると言い張る仕事仲間に押し負けてシフトを代わってしまったらしい。
お人好しもここまで来ると笑えない。
そして、このお人好しは自分の行動が俺にとって優しくないことに気付いていないバカな奴なので、「ありえない」と言って電話を切ってやった。
それが一週間前のことで、名前からちらほらメッセージは届いていたものの全て無視した。
憤りに任せてそんな対応をしてきた訳だが、当日になってみると怒りより空しさが湧いてくる。
申し訳なさからクラスに顔を見せに来ることもなくなった名前を待たず、帰り支度をする。
ちょうど今日は部活もなかった。
だからこそ名前に予定を空けておけよと言っておいたのに。
気分とともに持ち上がらない頭で、俯き気味に廊下を歩く。
向こう側からやって来る甲高い女子生徒二人の声が耳につく。
うちの高校はただでさえ女子生徒が少ないってのに、ああいう派手な輩が多くてレベルが低い。
あいつ、名前とバイト先が一緒の奴じゃなかったっけ。

「予定空いてて良かったね〜。ケーキバイキングの割引券の期限、今日までだって!」
「あのね、本当はバイト入ってたんだー。で、名字さんも一緒のバイト先なんだけど、どうしてもって言って代わってもらっちゃった!」
「やだ、あんたサイテーな奴じゃん!」
「そうかも〜」

キャハハ、と耳障りな笑い声が横を通り過ぎた。
こういう時、たとえば青根なら無言であいつらの前に立ちふさがって意識せずに脅えさせるんだろうが、生憎俺はそこまで正義感が強くない。
簡単に騙される名前をかわいそうな奴、と思うくらいだ。
ただ、今後あいつらに話し掛けられても徹底的に無視しようと決意する程度には気に食わないわけで、帰り道を少し変更した。
肌寒い空気に舌打ちをする。

「あいつをいじめていいのは俺だけなんだよ」





「…あ、あれっ、堅治くん?」

腰掛けたガードレールから尻に冷たさがすっかり移るくらいには待ちぼうけをくらった。
ようやく裏口から出てきた名前はバイトの制服を着てゴミ出しをしにきたところだったらしい。
抱えた特大の袋ふたつで名前の視界は覚束ないようで、足元の出っ張りに引っかかって転ぶだろうなと予測したので腰を上げる。
立ち上がって両腕を出したところで、ちょうど名前がゴミ袋をばらまきながら倒れ込んできた。
なんて予測のしやすい奴なんだ。

「お前なぁ、もう少ししっかりしろ。仕事仲間に騙されたりしないように」
「ありがとう!大丈夫だよ」

俺の言葉の後半を理解し損ねたのか聞き逃したのか、名前はへらへらと嬉しそうに笑っている。
その様子に腹が立ってきたので、彼女の二の腕をつねると、痛い痛いと喚いていた。

「あの、堅治くん」
「あ?」
「なんでここにいるの?」

問いかけた名前の瞳は本当に察しがつかないのではなく、欲しい答えを待ち受けるかのように瞬いた。
たまには優しくしてやるか、と俺は一度息を吸って、吐く。
言い慣れない台詞を違和感なく言うために。

「迎えに」
「…誰を?」
「お前を迎えに来た」

自棄になって声を大きくすれば、名前は表情をほころばせて笑った。
そうやって幸せをとかしたみたいな笑顔が好きだと思うけれど、言葉にしたことはない。

「上がり何時?」
「あと…二十分くらいで終わり」
「待っててやるよ」
「いいの?」
「いいよ。今日くらいは一緒に帰ろう」

名前は強くうなずくと、落としたゴミ袋を拾い上げてきびきびと行動し始めた。
その後ろ姿を見て、思う。
名前を呼んで引き留めた彼女の頭をひと撫で、そうしたら今日一番の笑顔が出てくることはわかっている。
想像通りに動いてくれよ。

「名前!」

20141026

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