自分は恵まれた環境で育ってきたと思う。
幼い頃から家は一戸建てで、与えられないものは何もなかった。
父はバスケットボールが好きで、昔は有名な大会に出たこともあったらしい。
僕と兄にもバスケットボールをさせたくて自宅の庭にバスケットのゴールまで置いていたが、僕たちの人生はあるバレーの試合をきっかけに変わってしまった。
僕が生まれるより前、父の知り合いの試合を見に行った兄はバレーの魅力に取り付かれた。
後から生まれた僕も兄を追うようにバレーを始め、父は自分の好きなスポーツを息子たちに教えられなくて残念そうだった。
せっかくお前らは背が高いのにな。
そう口癖のように父が言うたびに、兄は笑って言った。

「バスケでいい選手になれるなら、俺と蛍はバレーでもいい選手になれるよ」

兄の言葉には父も微笑むしかなく、僕は自分と兄がいい選手になれると信じてやまなかった。
昔の自分にとって、バレーは純粋に楽しいものだった。
自分の頭脳、体格、特に身長を生かせる競技。
チームメイトと仲良くするのは面倒だったけれど山口と会ってからは折り合いがつけやすくなったし、学校から帰ってきた兄との練習は楽しかった。
純粋で混じり気のないバレーへの意欲が濁り始めたのは小学五年生。
烏野高校の応援席にいる兄を見つけたあの日からだった。
僕と兄はどんなに努力してもいい選手になれないんじゃないかって、疑い始めた。
家にいても会話が弾まない僕たちを見た母は、誰の誕生日でもないのにショートケーキをワンホール焼いた。
僕は小さい頃、白くてべたべたと甘いそのケーキがあまり好きじゃなかった。
けれど、母が僕たちのために焼いたショートケーキはとても美味しく感じて、その日からショートケーキは僕の大好物になった。
それからは、好物を食べるたびに思い出す。
誰かが誰かのためを思って作った優しい味。
あの記憶があるからこそ、僕はショートケーキを好きになったんだと思う。

「蛍くん、おいしい?」

目の前で期待の眼差しを送ってくる彼女に頷いた。
誰かが誰かのためを思って作った優しい味。
それは高校生になった今も変わらない。
彼女である名前が僕の誕生日に作ってきてくれたショートケーキは、母が作るより少し不格好で、とても美味しい。
名前はそわそわと僕の部屋を見回しては嬉しそうにしている。
彼女にとって男の部屋が物珍しいのかと思うと、僕の方も優越感が湧いてくる。

「蛍くん、知ってる?」
「なに」
「甘いものが大好きな人は、愛や優しさに飢えている人が多いんだって」

名前がなんとなく話し始めた内容は、興味深いものだった。
彼女が聞いた話では、甘いものは愛情の代用品で、甘いものを食べた時の満足感や安らぎで、寂しさをしのぐ癖ができているそうだ。
きっと確証なんてない説なんだろうけれど、妙に聞き入ってしまうのは納得できる部分があったからかもしれない。

「でも、蛍くんには当てはまらないよね。今日来てみて思ったけれど、蛍くんって愛されて育ってきた感じがするから」

お母さんも、すごく素敵で優しい人だったもの。
彼女は続けた。
彼女の言うとおり、自分は恵まれた環境で育ってきたと思う。
不自由なく、与えられないものもなく。
けれど、兄と上手く話せない時期に感じていた空虚な気分は、もしかしたら寂しさに近いものだったかもしれないなと思った。
あの時ショートケーキを好きになった理由を名前が見つけてくれたようでドキリとしたのは、彼女に言わないでおく。

「名前」
「うん?」
「案外、そうかもしれないよ」

彼女は不思議そうな顔をしたけれど、あえて言葉は足さないでおく。
代わりに、白い生クリームの上に乗った、ショートケーキのメインとも言うべき部分を指差して言った。

「その苺、食べていいよ」
「うん…えっ、いいの?本当に?」
「いいよ、たまには。僕はもらってばかりだって気付いたから」

名前が戸惑ったように言葉を濁すので、フォークで突き刺して差し出してやったら、頬を赤くしながらも食べた。
このくらいで恥ずかしがるところは付き合いが長くなっても変わらないから、微笑ましく思う。
小学五年生の頃、僕には何かが足りなくて、それを好物で埋めようとしたのかもしれない。
今は満ち足りているけれど、ショートケーキは相変わらず美味しい。
彼女の愛情がちゃんと感じられるから。

「名前、ありがとう」

誕生日祝いのお礼だと思ったらしい名前が、ふわりと笑う。
別に勘違いしたままでいい。
全部を話してしまうのは気恥ずかしいと思うし、いずれ話せる日が来ると思うから。
その日まで、それからも、この味を忘れずにいよう。

20140927
0927 Happy Birthday!
本当におめでとう。大好きです。

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